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「離れてくれる、気持ち悪いから」
「まーたそんな連れないことばっか言ってー」
「凝りもせず気持ちの悪い単語ばっか言ってくるのが悪いんでしょ?」
「とか言って、そんな俺が好きなくせに?」
「自惚れも大概にしてくださる?」
「はは、酷い女」
千隼はケタケタと笑いながら私の肩を掴んで自分のほうに向ける。正面から見上げたその顔立ちはもう見慣れてしまっているのに、それでも綺麗でちょっとだけ悔しい。
ふわりと触れるだけのキスが来た。
悪戯っぽく目尻を垂らすその笑顔が愛おしくて。
「まあ、それでも死ぬほど好きだけど」
ちゃんと知ってて、と面映ゆそうに微笑むその頬がほんの少しだけ赤かった。私たちの辿ってきた道は、幸福と呼ぶにはあまりに身勝手で傲慢なものだったけれど。
──でも、今は胸を張って言えるよ。
これから先は決して貴方を疑ったりしないから。
「知ってるわ、ちゃんと」
何故だかあふれ出してきた涙に触れた千隼の唇が淡い熱を帯びている。苦しいくらいに強く千隼に抱き締められると息が出来なくて、どうしようもなくなってしまう。
「俺、杏樹の隣で死ねたら本望かもしんねえな」
「すぐ大袈裟なことばっか言って…」
「だってもうお前のことだけは何があっても諦め切れる気がしねえもん」
だから俺に飽きても捨てないで。
そんな勝手を許す気なんか、更々ないくせに。
私の頬を掴んで顔を上向けるようにキスをされると、身長差のおかげでちょっぴり背伸びをしなければならない。筋張ったその首に腕を回して何度も唇を重ねながら、いつか聞いた声が鼓膜の裏側を通り過ぎる。
──なあ、お前は何が欲しいの?
私の欲しかったものは、もう、今ここに在る。
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