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「でも、あの施設には絶対何かありますよ」
「あれがきな臭えのは最初からだ」
「最初って言うと?」
「立ち上げ当初から国内最大規模の医療研究施設だなんだと触れ回ってはいたが、結局その目玉は心臓外科のナンタラ法だの、脳細胞のナンタラ術だのわけわかんねえ。素人の俺がわけわかんねえのは当然だが、大学やなんやで研究してる奴らにしても、全部重要っちゃあ重要な研究ではあるらしいんだが、もう他で既に着手してる研究ばっかに手を出す内容らしい」
萩原は獰猛な瞳をこちらに流す。
渋谷の喧騒を掻き分けるように、車は前進する。
「つまり、あの施設を建設するに至った本当の目的は謎のままなわけだ」
──国内最大規模の医療研究施設。
各種企業からも多額の出資は既に集まっている。
そんな施設の建設目的が不明?そんなことが実際にあり得るのだろうか──否、不明なのは国民に対してのみってことか?マザーに出資している企業は、その本当の目的を知っていて、だから多額の金を払った──?
「はは、随分もったいぶったパンドラの箱だな」
「厄災を払う準備だけはしとけよ?」
「今さらなにが起こったところで俺にはもう失うものもないっすからね」
大切だったものは、既に遠くへ逃げた。
守るべきものはもうこの手の中にはなにもない。
「お前は霧生と違って女に狂わねえから楽だな」
思わず渇いた笑みをこぼした俺を運転席の萩原が横目に窺うのが見えた。人相の悪い男の口元が不穏な弧を描く。萩原の裡に沸くこの悍ましいほどの執念は一体どこを源泉として、今も煮えているのだろうか?
俺はものぐさに紫煙を吐き出す。
視界を覆う靄の奥に、真っ赤な花が咲いていた。
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