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「だから嫌ですよ、先輩となんて」
事務所のエントランスフロアでじゃれ合う男女の姿が目に入った。萩原と別れたあとでオフィスに戻った俺は、その光景に小さく舌を打ち、ふたりの背後に歩み寄る。
気安く触んじゃねえよ、なんて。
気取った台詞を口にする資格など、俺にはない。
「なにしてんすか、ご両人?」
「あ?お前こんな時間にどこほっつき歩いてた」
「普通にクライアントのとこっすよ」
「どこの客だよ?」
夜の九時を過ぎた時刻に会食以外でクライアントに会う機会などない。不可解そうに眉根を寄せる玉城を適当にいなしながら、俺はするりと杏樹の腰に腕を回した。
「そんなことよりコイツ借りてもいいですか?」
「ダメに決まってんだろ、俺が今口説いてんだ」
「はは、なら大丈夫そうっすね」
「殺すぞ」
美丈夫の恫喝はかなり迫力がある。
とはいえ玉城の顔には慣れているので問題ない。
面倒臭そうに俺と玉城の会話を聞き流している杏樹に、少し話があると言外に目配せで告げる。すると勘のいい女はすぐそれを悟ったらしく、「私に先輩の恋のお相手は荷が重いですので~」とかなんとかでまかせを宣い、しな垂れ掛かるように俺の肩に頭を乗せた。
「ダーリンがお迎えに来たので」
「…相っ変わらず気持ち悪いな、お前ら」
「ほら俺らって愛は地球を救っちゃう系なんで」
「わけわかんねえわ、死ね」
付き合いきれんとばかりに盛大な舌打ちを放った玉城が踵を返し、廊下を進んでゆく。それを見届けた杏樹はすぐに俺から離れ、「で、なに?」と端的に切り返してくる。
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