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「ここじゃあちょっと微妙かも?」
「…マザーの件?ならすぐ会議室抑えるわ」
「わざわざ律儀に部屋取らなくたって、こんな時間に誰も使ってねえよ」
俺はそう言って杏樹の腕を掴んだ。
そのまま一番近場にあった会議室の扉を開ける。
既に消灯された会議室の鍵を後ろ手にガチャリと締め、強引に引きずり込まれたような格好の杏樹が「ちょっと、急になにすんのよ!」と不満げに俺を振り返るから──、
無性に苛立って、杏樹を掻き抱いた。
そのまま乱暴に唇を塞げば、細い体が硬直する。
「──ッ、ちょ、んっ…」
驚いたような声を漏らす杏樹の舌先を雑に攫って絡め取る。俺から逃げるように引けた腰を腕の中に閉じ込めて、甘い花の香りに溺れながら、その唇を何度も貪った。
まるで、餓鬼の癇癪みてえだな。
冷静さの残る頭の片隅でそんな自嘲がこぼれた。
他の男に杏樹が触れることなんて、今まで当たり前のことだったのに。
「玉城さん相手に隙見せすぎじゃねえの?」
今はもう堪らなく気に食わなくて、どうにかなりそうだった。傷心のところを慰められてまんまとその気になっているんだから、心底チョロい男だと自分でも思う。
きっと、全部、杏樹の思惑通りだ。
可愛がるみたいに抱き締めて、偽物の愛を囁く。
(ほんと、酷い女だ)
籠ったような吐息の隙間で俺の名前を呼ぶ杏樹に脳髄が痺れた。このまま杏樹も俺と同じようにオカシクなればいいのに。そんな愚かな懇願が頭の中をぐるぐる巡って気持ち悪い。
窓の向こうでは都会の明かりがチカチカと慌ただしく点滅していた。閉じられた室内には杏樹の微かな息遣いと衣擦れの音だけが響く。それは妙に煽情的で、俺の中に宿る横柄な情欲を駆り立てるから煩わしい。
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