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「ち、はや、待って…―だめ、ッ」
制止を求めるように、杏樹が俺の胸を叩く。
仕方なく唇を離した俺たちの間を銀色の糸が一瞬繋いで、しかしすぐに途切れた。杏樹はほんの少しだけ潤んだ瞳で俺を見上げるから、余計に踏み留まれなくなりそうだ。
「あー…くそ、死ぬほどヤリたい…」
「…いや普通に会社で盛るのやめてくれない?」
「さすがにここで犯すわけにいかねえし…」
「当たり前のこと言わないでよ」
暗がりの中で呆れたような目を俺に向ける杏樹が非難を口にする。でも既に定時を過ぎているのだから、どこでなにをしようと誰に文句を言われる筋合いもない。
「このまま帰っちゃダメなの、杏樹」
「まだ仕事残ってるから…」
「それ、どうしても明日に回せないわけ?」
杏樹の首筋に額をこすりつけながら強請るように抱き締める。華奢な体はそれだけで簡単に折れてしまいそうだから俺はいつも不安だ。
もし杏樹まで失ったら?ほんの数十分前に萩原に告げたあの言葉は偽りだらけだ。俺はもうこの優しい体温を失うのが死ぬほど怖くて、なのに結局杏樹ひとりを選べもしなくて、情けないぐらいに中途半端だった。
「…帰ってどうするのよ?」
「この前みたいに俺の部屋でセックス」
「ていうか本当にどうしたの?発情期真っ盛りの大学生じゃあるまいし…」
そんな元気があるなら働けば?
と社畜丸出しなことを言ってくるから嫌な女だ。
「玉城さんとじゃれてて超妬いたから家帰って俺の機嫌めちゃくちゃ取って」
「…それ私になんのメリットがあるの?」
「世界一可愛い甘えたモードな俺の顔が見れる」
「ごめん、1mmもそそられないわ」
忙しいから他当たって、と冷ややかに言い捨てて俺の腕から抜け出そうとする杏樹を後ろから抱き留めて拘束する。
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