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「──ッ、あっ、あぁあ」
「なんだ、やっぱお前だってその気なんじゃん」
「ち、がぁっ、─待っ、ちは、あぁッ」
「はは、奥、よかった?」
すぐに腰が引ける杏樹をホールドするように抱き締めて、貪欲なぐらい奥を穿つ。まるで縋り付くように俺の背中にしがみついた杏樹は自分がそこに爪を立てていることに気づいてるのだろうか?
綺麗なネイルの施された爪先は尖っていてそれなりに痛みがある。それは手放しかけた理性を引き戻すのにちょうどいい。俺はとろんと虚ろにとろけた杏樹の瞳を覗き込みながら、その目尻に軽くキスを落とした。
「…杏樹」
長い睫毛に縁取られた瞳が濡れている。
享楽にまみれながら、でも、理性は手放さずに。
「好きだよ」
滑稽なぐらいに唐突な告白はまるで哀願のように情けなく、けれど擦り切れてしまいそうに切実な響きを帯びていた。好きだよ──そのシンプルな気持ちを杏樹に正しく伝えることは、きっと酷く難解なことだから。
杏樹は俺の声を聞いて、少し寂しげに笑った。
花の香りが俺をそっと抱き締める。
「私も好きよ」
慰めるように俺の頭を撫でる杏樹はきっとなにもわかってないんだ。俺は一度だってお前を誰かの代わりにしたことなんてないのに──でも、それを今言ったところで全部後の祭りだ。杏樹は俺を愛していないのだから。
「…なら俺と付き合う?」
「別にいいけど、それって今と何か変わるの?」
「さあ、多分なんも変わんねえかもな」
「なら今のままでいいわよ」
私は十分満足してるから、と気楽に囁く。
耳元を掠めるその微かな吐息に俺は思わず失笑をこぼした。なんで笑うの?と杏樹が不思議そうな声を出すから余計に可笑しくて、俺は柄にもなく少し泣きたくなった。
「やっぱり酷い女だよ、お前」
──俺はこんなに満たされてないのに。
出会った頃から、杏樹は俺に何も望まないんだ。
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