07.Linaria

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𓂃𓂃𓍯𓈒𓏸𓂂𓐍◌ 𓂅𓈒𓏸𓐍 「お前、トンビにでも改名したらどうだ?」 煙草に火を点けながら玉城が呟いた。 俺はそれに一瞬きょとんとして、すぐ得心する。 昨日杏樹を無理やり退勤させた代償に定時前から出勤する羽目になった俺は、膨大な資料の山と格闘し、眼精疲労がピークに達したところでドーピングすることにした。喫煙所に降りれば偶然玉城とかち合って、ふんと居丈高に鼻を鳴らされたかと思えば──だ。 「元々玉城さんの油揚げじゃなかったでしょ?」 「俺のもんになる予定だったんだわ」 「はは、嘘ばっか。アンタが本気だったら杏樹は今頃とっくに玉城さんのものでしたよ。本気で口説かないから卑しいトンビに横から掻っ攫われるなんてアンタらしくもないことになる、そりゃあもう自業自得だろ?」 我ながら年次も職階も上な先輩相手に不敬な態度だと思うが、玉城は自分がこの上なく慇懃無礼で唯我独尊な自覚があるおかげが、他人が自分に対して敬意を示さないことに対しては興味がない。 自分のお眼鏡に適った人間に対してはそれ相応に執着するが、興味のない人間にどう思われても無感情なのだろう。しかもそれがなんの忖度もなく全方位に対して発動されるので、組織という封建社会の中では殊更厄介な人材だろう。それでも最年少でパートナーに昇格したのだから、これは完全に規格外だ。 「出会った頃から変わらず可愛くねえな、お前」 「あれ、可愛い男がお好きでした?」 「花栗を泣かすなよ」 玉城がものぐさな煙を吐いた。 わざとおどけた俺に、釘でも刺すように。 何を考えているのか読みにくいその瞳が熱を孕むところを、俺は見たことがない。だから玉城は別に本気じゃないのだと高を括っていた。──でもそれは本当か? 「俺はアイツが一等可愛いんだ、昔からな」 「…俺が嫌がる術を熟知してますね」 「おお、相手の嫌がる角度から攻めて本音を引き出すのは俺の常套手段でな。幸せにできないなら俺に譲れだなんだ言われるより、ちゃんと幸せにしてやれよって諭される方がお前の場合はそりゃ堪えるよなあ?」 だってその気はねえんだろ? そう言って、玉城は愉悦にその口元を歪めた。
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