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「そっちも早かったのね、今日は」
「会議前にまとめとく資料があるって、咲綾が」
「そういうの、もう少し秘めてくれないかしら」
「杏樹相手に今さらだろ」
別段声色を変えることもなく総司が視線を流す。
咲綾や千隼とは対称的に、寡黙な男だ。
さっぱりとした短髪の黒髪に、切れ長の奥二重の目元、嫌味なぐらいに高い鼻筋。まるで昭和の銀幕スターのような厳めしく武骨な顔立ちは端的に言って男前だ。
他人の関係性に口を出す気はないけど、ここまで隠す気もないのはどうなのか?私と千隼も司法修習時代から都合のいい時だけ寝ていることは知られているので、どっちもどっちと言われればそうなのかもしれないけど。
大学時代からの同級生である総司と咲綾の関係について、本人達の口から何か語られたことはないけれど、まあ十中八九そうなんだろうという空気を隠す気もなさそうなので、あまり気を遣ったりはしない。
「あれ、今さらSeepの判例?」
「杏樹がセクハラで訴えられそうなんだってよ」
「私じゃなくてクライアントが、よ」
「エロオヤジは忍耐が足りなくて嫌ねえ」
性欲に隷属しすぎでしょ、と咲綾の指先から投げ出された資料が円卓にモノクロの海を作る。私はそれを拾い上げ、デスクトップに置いた文書作成ツールを立ち上げた。
「で、お前らは何しに来たわけ?」
「千隼は遺言書作成ってしたことある?」
「俺、それまだないんだよな。え、どこの誰?」
「それは守秘義務ですから?」
じゃあまた後ほど~と手を振りながら去って行く咲綾は相変わらず掴みどころのない女だ。それを無関心そうに見送るばかりの総司は、特に手伝いを頼まれたわけではないのか、鞄から薄型PCを取り出している。
まったく、このふたりも謎が多い。
私は浅く嘆息をつき、再びキーボードを弾いた。
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