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(そんなもんに、巻き込めねえだろ)
強がりな仮面の下に潜んでいる杏樹は一体どんな顔をしているんだろう?俺がその素顔を知ることは永遠に来ないだろうけど、でも、杏樹はいつも正しくて優しいから、その根っこはきっと変わらないのだろう。
「俺のこと身勝手だと思う?」
「ええ、自分を鏡で見てるみたいで最悪よ」
「咲綾こそ本当にいいわけ?俺は総司より良い男にはお目に掛かったことがないぜ」
「それは奇遇ね、私もよ」
「はは、そりゃあ随分なベタ惚れでねえ」
「千隼ほどじゃないわよ」
ちらりと俺を一瞥した咲綾が柔らかそうな唇に妖艶な笑みを湛えた。真っ黒な杏樹のそれとは対照的に色素の薄い、アンバーの瞳。人形のように綺麗な咲綾の顔は時折どこか無機質に見えて、掴みどころがない。
「私も、杏樹ほど良い女は知らないわよ」
本当に手離していいの?
そう言いながら咲綾が肘で俺の腕を小突いた。
ふふっと愛嬌のある笑顔を向けられると反論を口にする気力も削がれる気がした。俺はだらしない笑みを口から漏らして、近くの壁にずるりと背中をあずけた。
「…嫌な女だな、お前は」
「女は怖い生き物なのよ、生まれた時から」
「総司が気の毒になって来たわ」
「あら、随分失礼ね」
面白がるように柳眉を持ち上げた咲綾がカップを片手に颯爽と部屋に戻っていく。俺はそれを見送りながらもう一度溜息を吐き出して、自分の分のコーヒーを淹れた。
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