01.Geranium

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01.Geranium

都合が良かっただけでしょう? わかってるから、別に期待なんかしないわよ。 熱のこもったシーツの中で気怠い体を起こした私は、隣で心地良さげに眠る男を見下ろし、ベッドを降りた。たかが一晩の情交のために抑えられたシティホテルの高層階。そこから見える東京の夜景は美しく、どこか白々しい。 裸のままの私はそのままバスルームに向かい熱いお湯を浴びた。そうすることで体中に染み付いた男の欠片が流されてゆく。唾液も、愛撫も、体温も。禍根を残しておいたところでそれらは幸福な未来を連れて来てはくれない。 無駄に豪華なバスルームを出た私は備え付けのバスローブを肩に掛け、顔に化粧水を塗り、髪を乾かした。携帯に表示される時刻は深夜の四時過ぎを指している。今朝は六時から全体会議があるはずだけど、この時間なら朝食を摂る余裕もあるだろう。 「連れない女だな、勝手に風呂入って」 仕事までの時間を逆算しながら部屋に戻ると、目を覚ましたらしい男がベッドの上で身を起こしていた。下半身は未だシーツの中に埋もれているけれど、それでもわかるしなやかな痩躯は美しく均衡が取れ、見目麗しい。 「いつまでも寝てるのが悪いのよ」 「起こせよ、そしたら一緒に入ったのに」 「私があんたと一緒に入りたがってると思うなら脳外科行ったほうがいいわよ」 「起き抜けから辛辣すぎて泣いちゃう」 「お好きにどうぞ」 男を冷たくいなして散乱した服を拾った。 一度脱いだ下着をもう一度身に付けるのは抵抗がある。とはいえここに着替えを持ってくるほど周到な夜ではなかった。ほんの数刻前の記憶が脳裏を過り、内心ため息を漏らす。
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