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「杏樹、朝飯食うだろ?」
掴まれた肘が、不意に引かれた。
その引力に逆らい切れず、体はベッドに沈む。
背中から倒れ込んだ私を見下ろす男は普段職場で見る時と変わらない少し軽薄で、けれど恐ろしいほど怜悧な双眸を眇めた。私を組み敷いた男はくすくすと愉しげな笑みをこぼし、薄い唇で耳元をくすぐる。
「飯抜くの嫌いだろ?」
「当然よ、体調管理も仕事のうちでしょ?」
「なら下のラウンジで一緒に食おうぜ?その程度の時間はあるだろ?」
「会議までに開店しないわよ、絶対」
「あ、そりゃ盲点」
この男の名前は大路千隼。
私の所属している弁護士事務所の同期だ。
大学在学中に司法試験をパスし、今の事務所に内定をもらったあと、大学卒業後すぐに受けた司法修習で出会った千隼とはなにかと妙な縁がある。
一年間の司法修習を終えたのち、今も在籍する辰巳法律事務所での仕事に従事して以降はクライアントからの収益獲得額で常に凌ぎを削り、この秋には同じタイミングでシニア・アソシエイトに昇格した。
敢えて陳腐な言い回しをするなら事務所内におけるライバル同士の関係にある私と千隼だが、仕事のやり方については度々衝突することもあるもののプライベートに関して言えば良好だ。
守秘義務を遵守しなければならない仕事柄、簡単にハメを外すことも出来ない。しかし激務でストレスは溜まる。そんな時、身近に手っ取り早く利便性の高いセックスフレンドがいるのは大変都合がいい。
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