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大人の男女が体の関係を持つのに、仰々しい大義名分など必要なかった。
曖昧で、適当で、ぞんざいで、だからこそ気楽。
ただそれだけのことだ。
「さすがに今の時間じゃどこも開いてねえか」
「それよりシャワー浴びてきたら?」
「もっかい一緒にどう?」
「結構よ」
にっこり微笑んで、その肩を押し退けた。
再び起き上がった私は今度こそベッドの下に散乱した下着と服を身に付ける。千隼は怠惰な動作でのろのろと起き上がり、「仕事だりぃ」と呟きながらバスルームへと消えて行った。
去り際に見えた背中には私の爪痕が残っていた。
数時間前、付けたばかりの傷。
千隼は普段尊大で身勝手な行為をする男だったけれど、今夜は違った。愛しい誰かを投影するかのように、酷くいじらしく私に触れ、まるで縋るように抱いた。
そんな夜が千隼には時折訪れる。
だからと言って、その理由に踏み込む気もない。
何故なら踏み込むまでもなく、私は本能に近い場所でその理由を知っているからだ。男がそんな風に特定の夜だけ変貌する背景なんて、あまりに想像に易かった。
「馬鹿な男ね、本気で」
独白は透明な空気に跳ね返り、胸に刺さった。
情事の記憶が頭に流れ込んでくる。
生意気な女を屈服させると征服欲が満たされるだなんて最低なことを宣っていた男が、甘く、ほのかに怯えるように、熱情にまみれた指でこの肌を辿った。
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