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(──杏樹だって)
ふとそんな考えが頭を過ったことに俺はひとりで少し動揺した。急に黙った俺に夕鷹は不思議そうに首を傾げてから、「あ、新しい女か」とこんな場面でだけ発揮される無駄な勘の良さで、にっと口元を歪めた。
「あの花の匂いのする女な」
「…どんな覚え方だよ、てか別に違ぇわ」
「名前も知らねえんだから仕方ねえじゃん?でもお前って普段無理やり香水で煙草の匂い消してるような有様なのに、あの日は部屋中から随分いい匂いしてたもんな」
夕鷹にだけは言われたくねえよ。
思い出したように隣で懐を漁る夕鷹に呆れた。
結局この前は日曜の昼過ぎに杏樹が『明日から仕事なんだから帰るに決まってるでしょ』と言ってすげなく部屋を出て行ったので、仕方なく連絡の届いていた夕鷹を部屋に呼んだのだ。我ながら本命に振られて家にセフレを呼ぶような男だな、と少しウケたけど。
「ふざっけんな、誰がセフレだ」
「お前が本命に昇格することはない、ごめんな」
「まじで二度と慰めてやんねえからな!」
「俺、元々頼んでねえし?」
カウンターの向こうにいた店員を呼んで注文を済ませながら、忌々しげに煙草を噛む夕鷹を尻目に俺はほくそ笑む。そっちにも振られろ、と吐き捨てられた呪詛を聞き流しながら、俺ものんびりと煙草を口に咥えた。
ほんと馬鹿な男だな、コイツは。
残念ながらそっちも見込みすらねえよ、俺には。
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