06.Carnation

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06.Carnation

「なんかふたりで食事って久しぶりね」 都内で行われていた医療訴訟に関する勉強会の帰りに立ち寄ったカフェで、気難しそうな顔のままメニュー表を睨んでいる総司にふとそんな閃きが口を衝いた。 「ああ、言われてみればふたりってないな」 「大体咲綾か千隼がいるから」 「あいつらは今医療系のクライアントはそんなに持ってないもんな」 「千隼は出席してもいいと思うけどね」 山陽興業の主要事業のひとつとして地方医療が存在している以上、千隼も無関係ではいられない分野の話だ。とはいえあの男は件の告発以降は多忙を極めており、今回出席を見送った経緯がある。 総司は今日のランチを何にするかをもう決めたのか、手に持っていたメニュー表をテーブルの脇に置いた。何にするのか決めた?と尋ねれば、苺とチョコのパンケーキで、と端正だが無表情で若干イカつい顔に相応しくない返事が返って来て、思わず噴き出した。相変わらず顔に似合わぬ甘党は健在のご様子で。 「ほんとその顔で甘いもの好きなの可笑しいわ」 「いいだろ、人の好みにケチつけるなよ」 「はいはい、ごめんね」 不満げにむすりと口端を曲げた総司は、スーツの胸ポケットから携帯を取り出して、午前の講習の間に溜まったメールを確認しているらしい。社畜の鏡である。 「なんか連絡来てる?」 「んー…、まあでも急ぎではなさそう」 「なんかほんと不安定よね、ここ最近はずっと」 「蜷川と杠葉って日本の政治家の中じゃ真っ当な路線歩んでるって思われてたほうだしな。国民としちゃあ、信じてた人間に裏切られたって意識が強いんだろ」 蜷川と杠葉に対する告発記事が出て以降、ネットは常に炎上状態で正誤不明の情報を基に白熱した議論を戦わせている。通常よりは蜷川の近くにいる私たちでも情報が錯綜していて五里霧中といった形相の中、想像と願望と憎悪が混濁した匿名の意見交換にどれほどの価値があるのかは正直よくわからないが、相手は国民の血税によって養われている国会議員だ。当然批判はされてしかるべきだろう。
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