06.Carnation

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辰巳法律事務所内の序列は明確だ。 トップである辰巳の下には穣一をはじめとする共同経営陣が数名軒を連ね(これが一般的な企業で言うところの役員だ)、シニアパートナーが管理職、そして自立したひとりのプレイヤーがパートナー、その下に就いて担当顧客を持つことが許されたシニアアソシエイトと、最下層には補佐的な役割で雑務をこなすジュニアアソシエイトが配置されている。 昨年の秋、私たち同期組(とはいえ昇格したのは私と千隼、それに咲綾と総司を含めた数人だけであった)はシニアアソシエイトに昇格を遂げたので、今はそれぞれに業界を定めながら担当顧客を引き継いでいる途中だった。 私は主に医療関連ということで玉城の下に就いて職務を遂行することが多い。付き合いが長いので他の弁護士の下よりも気楽ではあるが、その分だけ求められる要望はハードだ。玉城政臣という男は完璧主義で妥協を嫌い、しかも成果至上主義の上司である。 「まあ最終的な決定事項に関しては俺が判断を下すが、基本的にお前はお前で好きにやれ。俺も暇じゃねえからな」 「自己判断で好きに動いていいと?」 「構わねえ、なんかあった時の責任は俺が取る」 「あら、随分と格好良いんですね」 「惚れ直したか?」 「元々惚れてませんけど」 玉城のこういうところに関しては結構好きだ。 指針が明確で、判断に無駄がない。 自分の裁量の及ぶ範囲のことに関する潔さは傍目にも痛快なところがあるし、だからと言って無鉄砲なわけでもない。最短距離で適切な判断を下したうえで、そこに誤謬が生じれば、その都度軌道修正をするか、あるいは正々堂々とミスを認めて謝罪してしまう。玉城政臣は徹底的に迷うという動作が嫌いなのだ。
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