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「さて、そろそろ昼だな」
「ランチ奢ってくれるんですね?」
「まだなんも言ってねえわ、この食いしん坊が」
玉城のオフィスでのミーティングがひと段落したところで、椅子から腰を上げた。大体こういう時は一緒にランチに出掛け、私の好きな店で昼食をご馳走してもらうことが決まっているので、今日もその例に漏れない。
「なにがいいかなあ、イタリアン?」
「俺は何でもいいから好きなもん勝手に選べよ」
「前に行ったここの地下にあるレストラン覚えてます?その時は夏だったからジェノベーゼ食べたんですけど、昨日通りがかったら冬季限定で渡り蟹のクリームパスタが出てて、これは是が非でも食べねばなって」
昨日から心に誓っていたことを玉城につらつらと語り聞かせるが、大した反応はない。玉城自身は付き合いでの食事に赴くことも多いのでマナーの類は完璧だが、美食に関しては『何食っても大体美味いだろ』という感じらしい。詰まるところ味音痴なのだ。
「あれ、ふたりでどこ行くの」
徒然にそんな話をしながらエレベーターを降りたところで、地下に設置された喫煙所のドアからひょっこりと千隼が顔を出した。どうやら一服しに来ていたらしい。
「今から向こうの店でランチ」
「お、それはそれは俺もご馳走になります」
「大路てめえふざけんなよ、勝手について来てんじゃねえよボンボンが」
「実家が傾いちゃって金欠なんすよ、パイセン」
「花栗、コイツ殺せ」
「物騒な指令やめていただけます?」
殺すなら自分で殺して欲しい、と的外れに宣って上司の命令を無視した。残念ながら私は同僚殺しの汚名を着せられるのは御免だし、清廉な心で昼食には臨みたい。
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