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それをどこで判断しているかと言われるとやはりちょっとした言動や仕草、表情あたりだと思うんだけど、咲綾にすれば『千隼って怒るの?今機嫌悪そうだなとか思ったことない気がする』ということらしい。意外だ。
「あの男がそんな聖人君子なわけ」
「でもほんと、千隼って感情の起伏みたいのあんまり感じない気がするけど」
「ええ、結構よく不満そうな顔するよ?」
「それって杏樹限定じゃない?」
「なわけないでしょう」
千隼にとっての私は都合がいいだけの同期だ。
どれだけ強がったところで千隼にとっての特別な誰かはひとりきりで、私はその身代わりにすらなれない憐れな女だ。そんなことはもう嫌というほど思い知っているのに、まだ胸の底がしくしくと痛むから煩わしい。
「…拗れてるわね、ほんと」
「だから咲綾にだけは言われたくない」
「私はちゃんとバレンタインにチョコも渡すし」
「それで愛でも伝えてるつもり?」
「まあね、毎年の恒例行事みたいなもんだから」
「なら付き合っちゃえば?」
「それが出来たら苦労してないわよ」
そう囁いた咲綾の横顔がどこか寂しげに微笑んだから、今のは珍しく本音だったんだな、と心の中だけで思う。私の同僚はいつも軽佻浮薄に本音を隠してばかりだから。
「…私、総司に同情するわ」
「奇遇ね、私は千隼に同情してたとこよ」
気を取り直すように艶やかなピンクブラウンの紅が引かれた唇を擡げて、咲綾が首を傾げた。女を武器にすることになんの躊躇いもないその妖艶な仕草に少し気圧される。
こういうの、私にはない武器だ。
甘え上手な女を演じ切るのは忍耐が必要だから。
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