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「失礼致します」
代表室の扉を開けてお辞儀をした。
向かい側で人の良さそうな顔がにっこりと笑う。
少し時間を取れるか、と内線で呼び出されてすぐ代表室に駆け付けた私は、既に中で待っていた辰巳に「まあそっちに座って」と促されるまま応接用のソファーに腰掛けた。
「毎度急に呼び出して悪いね」
「いえ、何かありましたでしょうか?」
「まあ色々とね、君に相談したいこともあって」
執務机から腰を上げた辰巳がゆったりとした動作でこちらに歩み寄ってくる。辰巳のことは子供の頃からよく知っているが、今の事務所に就職して以降は、こんな風に職場で呼び出されることなど一度もなかった。
「少々嫌な話をしなければならない」
「…どんなことでしょうか?」
「君の父親、花栗穣一弁護士にも関わることだ」
優しげな表情とは裏腹に、何事も単刀直入に切り込んでくるのが辰巳の真骨頂だ。ほんの僅かな前置きのあとで登場した名前に、ひゅっと喉の奥で息の音が鳴った。
──今、辰巳が穣一について話すなら。
それは確実に蜷川や山陽興業が絡んだ話になる。
「…父のことと言いますと?」
「蜷川大臣の不正に関与している可能性がある」
こちらを真っすぐに見据えた辰巳の丸い目元が厳しさを湛えている。事務所の共同経営者に名を連ねる穣一が蜷川の不正に関与していたら、それは辰巳にとっても由々しき事態──スキャンダルに他ならない。
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