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「何故、そう思われるんですか?」
「蜷川大臣に関しては私が昔から担当を任されてはいる。だが、正直言ってそれが上辺だけの顧問弁護士であることも理解していた。蜷川先生は私を信用していない──というよりは、使い勝手が悪いと思っているんだ」
辰巳の言葉の真意は、わかる。
蜷川にとって使い勝手が悪いのは、そうだろう。
弁護士としてある程度までは清濁併せ吞まなければならない瞬間が確かに存在する。悲しいことに六法全書は万能でない。法を犯さなくとも倫理を侵すこともあれば、法の抜け道に沿って不義理を働くこともある。
弁護士が立っているのはその境界線だ。
だがその一線だけは、決して越えてはならない。
そして、辰巳雄大というひとは、弁護士としての分別をきちんと弁えている。
だからこそ、蜷川にとっては使い勝手が悪い。
──花栗穣一と違って。
「父親を尊敬しているだろう君にこんな話をするのは心苦しいが、私としても長年の友のことを信頼したい気持ちも当然ある。だからこそ彼の無実を証明するためにも、私は君に協力を頼みたいと思っているんだ」
苦々しげに辰巳が吐露した。
しかしそれが詭弁であることは、知っていた。
辰巳は、私が花栗穣一という男のことを信用などしていないと知っている。それでも辰巳の言葉を借りるなら──実の娘は使い勝手がいい。だから私に今こんな話をしている。
辰巳は善人だが、常に善良ではない。
必要と判断すれば、他人を利用することもある。
だが今ここで辰巳に利用価値を見出されたことは私にとって──僥倖だ。
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