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その知らせが来たのは、私が随分大人になってからだった。会いに行くと、その人は病院の庭の桜の木の下にあるベンチに腰をかけて目を瞑っていた。手にはペンの挟まった手帳のようなものを持っている。
だいぶ痩せてはいるが壮年の顔つきをしていて、最後に見た少年の頃とは全く違った。
でも私はこの横顔を覚えてるーーー
あの頃、子供と大人の狭間で揺れ動く私達は青い春の中で恋をした。
初めて好きになった人。色んな“初めて”を一緒に経験した。
自転車の後ろに乗って見た景色、小さい神社の裏で暗くなるまで毎日笑い合った時間、自分が初めて“誰かのモノ”になったという不思議で幸せな感覚。
背の高い人だったから、私の小さい声を聞こうとかがんで耳を寄せてくれるのが好きだった。
授業中に体育倉庫に連れていかれた時はさすがに心臓がバクバクだったけど、ちゃんと私を庇って先生に怒られてくれたよね。
“学年一のやんちゃ”と“真面目な委員長”の2人だったから、私だけよく先生に呼び出されて心配されてたな。一見正反対の2人。でもそれが私達の日常。
私にとっては太陽のような人だった。
たった一年ほど。でもあの年頃では長かった方。
存在が大きすぎたから別れは辛かったな。私の中の全てになってしまっていたから。
思い出と共にこの世界から消えて居なくなりたいと月に願った日々は今も鮮明に覚えてる。
でもね、乗り越えた先にはもっと幸せな未来があった。
幼心に天国と地獄の景色を刻んだことも今となっては私の糧。
今だからわかることーー
過去に思いを寄せていたら、目の前で子供がついと転んだ。腕にかけていたコートをベンチに置いて急いで駆け寄る。
「大丈夫?」
「うんありがとう!......おねーちゃんもだいじょうぶ?どこかいたいの?」
「え?」
すると走ってきたお母さんが何度も頭を下げ、子供を抱いて帰っていった。
風が一瞬強く吹き、桜の花びらが舞い落ちる。まるでピンクの雨のように。
振り返るとベンチに人影はなくなっていた。
途端に胸がキュッと僅かに痛む。あの頃もよくこうやっていなくなった人の残像を追っていたから。
でももう私は追わない。
コートに腕を通しもう一度ベンチに1人で座る。
ーーーその時。
「あれ?」
ポケットから飴玉を出そうとすると、何かが手にふれた。取り出すと、無造作に切られた紙が折りたたんである。
「なんかのメモだっけ?」
紙を開いた瞬間、
私は時が止まったように瞠目した。
『最期に逢えて良かった。またどこかで。』
頬に涙が伝ったのがわかった。
それは最期に会えたことへの喜びか、もうこの世界で会えないことへの悲しみか。
ーーきっと全部。
「そっか...私泣きたかったんだ。」
恋を教えてくれた人を想って泣いた。これが最後だから。
今世で出逢う魂は来世でも必ず出逢うという。
次会う時は、兄弟か、友達か、はたまた恋人かーー
私は涙を拭って立ち上がると、やわらかな風が頬にふれた。
背の高い人にも届くように、青く広がる空を見上げてつぶやく。
「またどこかで。」
“最後じゃない言葉”と思い出を大切にポケットにしまって
振り返らずに歩き出すーーー
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