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1 困った王子
私の名はリュート。代々魔王一族の世話係をしている家系の生まれだ。例に漏れず、私も世話係を生業としている。
そして今日から新しい仕事場に就けと魔王様から命令がくだり、その場所に向かっていた。
相手は第六十六王子、ショウ様だ。なんでも、新しく派遣される世話係が、次々と使い物にならなくなって、とうとう私にもお鉢が回ってきた、ということらしい。いやしかし、子供作りすぎでしょう、魔王様。
第六十六王子とあって、部屋はなかなか辺鄙なところにあった。薄暗い廊下をひたすら歩き、四回右に曲がる。
……ん? 確かに四回と説明されましたよね? 四回同じ方向に曲がれば、元の場所に戻るだろうに。
しまった、また場所を聞き直さなければ、と踵を返そうとすると、ドアに六十六と書いた部屋が目に入る。
……ありました。四回で合ってたんですね。子供を部屋番号と同じにして認識しているとは、さすが魔王様。
私はドアをノックした。……返事はありません。
「……あの、ショウ様? 今日から貴方のお世話係になりました、リュートです」
もう一度、ノックをしながら声を掛けてみる。
すると、ドアが少しだけ開いた。
「ああ良かった、ショウ様……」
「帰って」
いらしたんですね、と言おうとした私の口は開いたまま、ドアは再びパタムと閉められた。
「……」
ああなるほど。
それで次々と担当を替えられているんですね、と私は笑顔を引きつらせる。歴代の世話係は使い物にならなかったのではなく、この王子との攻防に疲れて、もう嫌だと逃げ出したのでしょう。
「ショウ様? そう言われましても、私は貴方のお父上より……」
「要らない。帰って」
ドアの向こうで頑なな声がする。私はため息をついて、声を意識的に和らげた。
「……とりあえず、お顔を見せて頂けませんか?」
すると少しの間を置いて、ドアが再び開く。
「スキあり!」
「わぁっ!!」
私は隙をついて、開いたドアの隙間に身体を滑り込ませた。そして後ろ手でドアを閉めると、驚いて目を丸くしているショウ様が目の前にいる。
魔王一族に相応しい漆黒の髪は緩やかにウェーブがかかっていて長めだが、同じ色の瞳は大きく、まつ毛も長かった。小さい鼻と唇は幼さを強調していて、肌も透き通るように白い。
さすが、その美貌で人を惑わすという、魔王様の血を引いているな、と思った。
ショウ様は私の視線に気付いたのかサッと顔を背け、元いた場所らしい窓際の椅子に膝を抱えて座る。……何とも、魔王一族の威厳も台無しな姿です。オマケに魔力の欠片もありません。
……ん? 魔力が無い、ですって?
「何しに来たの」
ボソリと高めの声がする。私は自分の感覚を疑った。魔族には、例え産まれたばかりの赤ん坊でさえ、少なからず魔力は感じるものです。なのに……。
「ですから、今日から貴方のお世話係を……」
言いながら、もう一度ショウ様の魔力を探る。けれどやっぱり全く感じられない。
「要らない」
「そうもいきません。貴方は六十六番目とはいえ王子、それらしい立ち振る舞いをして頂かないと」
「どうせお前も、すぐ使い物にならなくなるんだろ……」
……口を尖らす姿は幼い容姿も相まって可愛らしいのですが、聞き捨てならない事を聞きました。ショウ様の世話係は、門前払いで交代させられていたのではないのでしょうか?
「あの、それは……どういう意味でしょう?」
「……寝る」
そう言うと、ショウ様は私が止めるのも気にせず、ベッドに横になり……寝てしまった。
さて、私は試されているのでしょうか? 魔族なので神様なんてクソ食らえですが、成長できる人ほど与えられる、試練とかいうものでしょうか? そう思って天井を仰ぐ。
すると、その天井がぐらりと歪んだ。そしてその場で倒れてしまう。
したたかに肩を打ち付けて呻くと、強力な魔力を感じた。しかもそれは、さっき魔力は皆無だと思っていた、ショウ様から感じられる。
なぜ……どういう事でしょう?
私はショウ様のベッドに視線を向け、気を失った。
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