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4 湯けむりと王子
気が付くと、私は大浴場にいた。ああやはり、ショウ様は単純でいらっしゃる。温泉の本を読んだから、お風呂なのですね。
「……ショウ様? どちらにいらっしゃいますか?」
私は辺りを見回した。湯気で視界があまりよろしくない。けれど大きな浴槽……というかプールほどの湯船があるだけで、あとは石造りの壁や床、そして一面がガラス張りになっている。そこから見える景色は、前回ショウ様の夢の中に入った時と同じ、どこまでも広がる草原だった。
「……おかしいな。ショウ様ー?」
すると、湯けむりの向こうに人影が見えた。浴槽のそばに座って、掛け湯をしている。良かった、ショウ様だ。
私はショウ様に近付いた。けれど途中で足を止める。
何だこの、いい匂いは?
温泉の匂いではないようだ。するとショウ様はこちらに気付いて歩いてくる。当然ながら全裸のショウ様。濡れた髪が顔に貼り付いて妙に色っぽ……って! またショウ様の魔力に引きずられるところだった。危ない危ない。
しかし今回はお風呂だからか、頬が上気して、胸の突起も僅かながら赤みが差している。ああ、この細い腰を掴んでその柔らかそうなお尻に私の……!
「はあああっ!」
パァン! と大浴場に響き渡る音。私は両頬を自分の手で思い切り叩き、煩悩を鎮まらせた。
「……どうしたの?」
「……いえ、かなり大きな虫がいたので」
「……そう」
じんじんと痛む頬のままショウ様を見ると、なぜかショウ様は視線を逸らされた。漆黒の髪と同じ、長いまつ毛に水滴が付いていて、それを舐め取りたいと思い始めた時。
「リュートは僕を襲わないって見込んで、お願いがあるんだ」
「は、何でしょう?」
この人は。夢の中限定で魔力が強いのに、今この瞬間にも私を誘惑していると、ご自覚がないようだ。
「……頭を、洗って?」
上目遣いにショウ様が見上げてくる。私はグッと息を詰め、笑顔を貼り付けて「かしこまりました」と返事をした。この野郎、この上目遣いは無自覚か!? 無自覚なのか!?
私は思わず心の中で叫ぶと、ショウ様はいつの間にか持っていたシャンプーと、コンディショナーを私に渡すと、これもまた丁度よくあった椅子にちょこんと座る。ああ、夢の中だから都合がいいんですね。
私は現実でもやっている通りに、ショウ様の髪にお湯を掛けた。するとふわりと先程も嗅いだ匂いがする。……どうやらショウ様から発生しているらしい。そしてその匂いを嗅いでいると、頭がぼーっとしてきて、すぐに思考がピンク色に染まりそうになるのだ。
ショウ様の細い身体……肌は水を弾いているけれど、触ったら柔らかそうだ。黒髪が貼り付いたうなじが白くて……ああ、舐め回したい。舐めたらショウ様はどんな表情をなさるのだろう?
「リュート?」
「あ、はい! ……失礼しますね」
私は手にシャンプーを取ると軽く手で泡立て、ショウ様の髪を洗っていく。平常心、平常心。何か心臓がバクバクし始めたけれど、これは魔力のせいだ。そう、魔力のせい。
「……ん」
するとショウ様が喘ぎ声……じゃなかった、気持ちよさそうに声を上げられる。ああもう、そんな可愛い声を出したら、私の私が黙っていませんよ。
このままこの泡で、全身を洗って差し上げたい。きっとショウ様はあられもない声を上げて……ああ! 辛抱たまらん!
「リュート」
「は、はいっ!?」
ショウ様は振り返った。そしてその大きな目が、悲しげに顰められる。私はハッとして、もう一度、泡のついた手で己の両頬を叩いた。
「……リュート?」
「申し訳ありません。さあ、流しますよ」
私は冷静さを取り戻し、いつものようにショウ様の頭を洗い流す。綺麗に流し終えると、ショウ様は立ち上がって、こちらに顔を見せないまま呟くように仰られた。
「……ありがとう」
「……っ」
その短い言葉に感謝と、照れと、少しの申し訳なさを感じ取った私は、全身が熱くなって下半身が反応してしまう。
果たしてこの忍耐力は、いつまで持つのだろうか? 私は肺の空気がなくなるまで、ため息をついた。
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