0.01㎜の運命

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 激しい頭痛で俺は目を覚ました。バウムクーヘンみたいな天井の木目がぐるぐると動いている。  腕を伸ばし、無理やり指先をひっかけ、カーテンを開ける。もう朝日のレベルではない強い光が俺を照らした。部屋は一気に明るさを取り戻したものの、布団から出られないくらい、冷たい空気に満ちていた。 「ふぅ……」  後悔と共に息をはきだす。自分でも気付くほどに酒の匂いがした。  ロフトベットから下を覗くと、ハイボールやらレモンサワーやらの缶がおぞましいほどに転がっていた。 「えっ……」  酒に強くもない俺が飲んだのだとしたら、もう既に天に召されていないとおかしいほどに飲み散らかしていた。  頭の上らへんに置いてあるはずの携帯をノールックで引き寄せる。革でできた手帳型のケースを開くと、そこには封が切られたが挟まれていた。 「は?」  どう見てもコンドームだ。正方形で、質感はカップラーメンのかやくが入っている袋と同じ感じ。どぎついピンクと黒色のカラーリングで、袋の真ん中には0.01と表記されている。  俺に半年以上彼女はいなかった。それにこの狭いアパートで母親と二人暮らしをしているわけで、ここに誰かを連れ込んだとも思えない。一体何に使うことがあろうか。  というかそれよりも一番の問題があった。 「……昨日の記憶がねぇ」  俺は大学2年の冬、初めて記憶を失った。  ***  何か記憶を辿るヒントはないのかと、携帯の予定表を開いてみる。すると昨日の日付に自由の女神の絵文字が一つだけ記録されていた。  結局それだけでは何も分からず、今度は大学の予定表を確認してみる。 「テスト期間最終日」  そういえばそうであった。さすがにここ最近、テスト期間であったことくらいは覚えている。  今はっきりと思い出した。昨日は予定表通りテスト最終日で、間違いなく俺は大学に行っていた。そのはずだ。えっとそれで何だったか。確か6限にテストがあるとかで、みんなが文句を言っていたような気がする。  昨日大学に行っていたのであれば、どうせ佐々木と一緒だったに違いない。俺はすぐ電話をかけた。 「えっマジで覚えてないの? あんなに浮かれてたのに?」 「浮かれてた?」 「なあ、記憶ないってどんな感じなの?」  佐々木のペースに持っていかれそうになる。 「いや今そんなんいいから、浮かれてたって?」 「あれだよ、お前がいつもマリア様っ言ってる高梨麻理だよ」 「マリア様?」 「そうだよ、そのマリア様に昨日飯誘われたんだろ?」  稲妻が走った。そうだ、なぜ忘れていたのか。俺は昨日の朝、高梨麻理、通称マリア様から光栄にもお食事会に誘われていたのだ。 「てかここ1か月くらいで、お前と高梨が話してるとこ見かけるの多くなったなーって思ってたけど、まさかそこまでうまくいってるとは思ってなかったんだよなー」  佐々木は知る由もないが、俺はマリア様と少しずつ親睦を深め、最近では一緒に勉強するような仲まで進展していた。  柄にもなく真面目に勉強していた甲斐があったのだ。 「……まじでやばいぞ」 「まあでも昨日はそれなりに楽しくやったんだろ?」 「お前話聞いてた!? 昨日の記憶がないの!」 「そか。そりゃもったいない」 「他人事過んだろ」 「実際他人事だし。まあ高梨見た目はきれいだけど、ちょっと真面目過ぎるからな。俺はタイプじゃないわ」  そうマリア様は美しい上に、大変勉強熱心なのだ。いつも授業を受けるときは前から三番目の席に座る。実際俺は、マリア様とお近づきになるためだけに、授業では必ず前の席に座り、物理的にも距離を縮めていた。 「お前の話はマジで今どうでもいいから。てかマリア様とコンドームは関係あんのか……」 「おいマジかよ。初手でやったのか?」 「ちげえよ! ……えっもしかしてもしかするのか」  記憶がないから全ての可能性を否定できない。 「それはさすがに引くわ」 「分かった。お前が全く真剣に話を聞いてないことだけは分かった」  佐々木との不毛な電話は終わった。  ***  あのマリア様にここまで急接近していたとは。本当に佐々木が言うように、もう既に限界突破したというのか。あの女神と。でもそれならなぜ、俺は狭い四畳半の部屋で目を覚ますことになる。なぜ携帯にマリア様から連絡の一つもない。 「どうなってんだ……」  昨日が夢のような時間だったのか、それとも大粗相をして嫌われる寸前なのか、それが分からなければ、次の一手は打てない。打つべきでない。  幸い、春休みを迎えた大学生には時間だけが有り余っていた。  ***  キーとなるのは、間違いなく昨日どこの店で飯を食べたかと、あのゴムの使途だ。しかし、笑ってしまうくらいに、店の名前はおろか、何を食べたかすら覚えていない。  まだ日は高い。今の時代、大抵のことはスマホに履歴が残っているはず。  俺は地図アプリ、そして交通ICの履歴を調べた。 「……いつもの駅と違う」  意外にも、早速ヒントを得られた。地図アプリの履歴はダメだったものの、交通ICの履歴には、昨日、いつも大学帰りに利用している駅とは違う駅から入場した記録が残っていた。その他はいつも通り、最寄り駅の履歴しかない。つまり昨日、大学からその記録があった駅までの間のどこかで店に入った可能性が限りなく高いと考えられる。  急いでマップで調べると、大学からその駅までの間で、飲食店は37件ヒットした。 「いや多いて。……こりゃ行くしかねえか」  *** 「……どうなってんだよ」  実際に現場に来てみたが、何も思い出せない。 「……腹減ったな」  おそらく、本当に多分、昨日開催されたマリア様とのお食事会からかなりの時間が経過していた。  頭を回すためには飯でも食わないと始まらないだろう。  俺はお食事処とのれんに書かれた店に飛び込んだ。  ***  ポストアジフライとも言えるさばフライは、安くてかなり美味かった。  こんな定食屋にもキャッシュレスの波は押し寄せているようで、俺はクレカでお会計を済ませた。  なんとなくクレカのアプリで今月の支払額を確認すると、そこには、「ワショク イロドリ」という決済履歴が、昨日の日付で刻まれていた。 「……はあ、もっと早いこと気付かないかね」  ***  俺はようやく昨日の真相が明らかになるのではと期待しつつ、駅前を進んだ。 「あれか?」  マップのピンの位置まで来ると、『彩』と書かれた小さな灯篭のようなものが見えた。  灯篭の先には、コンクリートの塀に挟まれた、細い石畳の道が引かれており、周囲の雰囲気とは異なる竹林が広がっていた。 「隠れ家だな」  マリア様はこんな素敵なお店までご存じなのかと感心しつつ、俺は入り口の引き戸に手をかけた。 「今日はもうお昼終わりで、えっ先輩じゃないですか」 「えっ武藤?」  今の大学で、唯一同じ高校出身である武藤ひなだった。 「ここでバイトしてるんですよ。てか先輩また来たんですか? 忘れ物?」 「やっぱり俺ここに昨日来たんだな?」 「えっ? まあはい。なんかきれいな感じの人と居たんでよく覚えてますよ。よく分かんないですけど、私まかない食べたいのでもういいですか?」  *** 「好きなだけ食べていいぞ」 「いや先輩が作ったわけじゃないでしょ。何か用があるんですか?」 「まあ用はある。あ、てかさぶりだけ一枚食べていい?」 「おい。何しに来たんですか。ぶりあげますから帰ってください」 「これめっちゃうまいな! こんなのいつも食べてるのか」 「もうぶり食べたんだから帰ってください」 「分かった。真面目に話すからよく聞いてくれ。俺は今人生の岐路に立たされている」  ***  俺は武藤に今までの経緯を話した。 「ふーん。そんなことあります?」  後輩はとてつもなく興味がなさそうだった。 「いやあるから困ってんのよ」 「とりあえず、昨日先輩とあの女の人がこの店でどんな感じだったか教えてくれってことですね。あとマリア様ってのきもいですよ」 「呼び方ディスる必要あった?」  俺のことは無視して、武藤は昨日のことを語りだした。  *** 「昨日俺とマリア様は個室の席にいた、基本的には楽しそうに話していて、2人が険悪な雰囲気になっている感じはなかった、強いて気になる点を挙げるなら、結構酒を2人とも飲んでいたことと、マリア様が途中トイレに行ったときの俺の態度が冷たかったことで合ってる?」 「まあ大体。正直普通に楽しそうにお話してる感じでしたけどね」 「うーん……」  特に問題なくマリア様とお話してただけなら、やっぱり、今の時点で何の連絡もないことなんてあるのか。それとも女神は酔いつぶれているのか。 「結構酒飲んでたって、何をどのくらい」 「いやまあどのくらいってのは分からないですけど、日本酒をまあまあ飲んでたんじゃないですかね。先輩結構顔真っ赤だったし」 「日本酒? 普段飲まないな……、マリア様も結構酔っぱらってる感じだった?」 「……えーっと、あっそうそう! あの麻理って人全く酔ってなかったんだ。そうそれだ! それもなんか印象に残ってます」 「マリア様はとんでもない酒豪……」  待て、それならなおなぜ連絡がない。俺は完全に酔いつぶれて記憶まで失っていて、連絡のしようがなかったわけで。  それにそこまでしらふ同然の女神を、いきなりホテルに誘ったということなのか。あり得ない。いくら何でも急すぎる。そんな勇気と無礼さを俺は持ち合わせていない。 「どういうこと……」 「だから先輩の気にしすぎなんですよ。結局は何もなかったーみたいな」 「それならいいんだけどさ……」  俺は最後に気になっていたことを確認してみる。 「あのさ、途中俺が個室にひとりの時、武藤が来て、俺が冷たかったっていうのはどういうこと?」 「ああそれ。……そうなんですよ、先輩に麻理さんのこと聞こうと思って。うーん……、どういうっていうか、まあ普通にそっけなかっただけというか」 「そっけない? 確かにいつもテキトーに接してるとは思うけど」 「いやそういう感じじゃなくて、そもそもノリが悪いというか。まあ最初にお店来た時から私がいるっていうのに気づいて、先輩気まずそうだったし。今日は大切な夜だからちゃちゃ入れないでくれーみたいな感じなのかなって」 「……そうか。まあ確かに。うーん……でも本気でそんなことでお前にそっけなくなるか?」 「まあ先輩らしくないっていうか、真面目なときこそおちゃらけないと恥ずかしいみたいな人だし。そう言われると分かんなくなっちゃいます」 「なんかもうちょいないか? どんなことでもいいからさ」 「うーん…………、あっそのとき先輩もう顔赤くなかったですね。てかむしろ白いって感じで、顔色悪かった気がしないでもない」 「顔色が悪い。てかもう絶対日本酒飲み過ぎて具合悪くなってるじゃん」 「ああそういうことか。先輩顔めっちゃ赤くなってたし、お酒強くないからか。だから体調悪くてあんな感じだったのか」 「……そうかも」 「でもその後しばらくしたら、また二人で楽しそうに話してましたけどねー」  どういうことだ。何か分かりそうでまだ分からない。引っかかって気持ちが悪い。 「てか先輩、私仕事戻りますけど大丈夫ですか?」 「ああごめん」  せめてものお礼として、俺は財布に現金があるか確認する。かろうじて2千円は入っていた。 「あれっ、ああそうか。とりあえずこれ時給ってことで」  どうやらあのゴムは俺が財布に入れていたものだったらしい。所定の位置からゴムがなくなっていた。 「いや休憩中だったから別にいいのに」 「まあ俺と話してたら休憩にもならなかっただろ」 「急に優しいですね。ありがたくもらっておきます」 「そうしといてくれってかっこつけたところ申し訳ないんだけど、トイレ借りていい?」 「ああはい。いやでもさっき店長が入ったと思うんでちょっと待ってください」 「トイレって1つなの?」 「そうです。男女共用が1つだけ」  俺は、脳が激しく揺さぶられるような感覚に襲われた。  昨日にもこんなことがあった気がする。でも完璧には思い出せない。 「あっ今空きましたよ」  *** 「仕事頑張れよ」 「ありがとうございます。あと先輩もう一つだけ思い出しました。先輩の個室に行った後、トイレ清掃に行ったら、ちょうど麻理さんが出てきて、で、しばらく掃除してたら、今度すぐ先輩が来たんですよ」 「マリア様と入れ替わりで俺がトイレに?」 「そのとき先輩上着来てたんですよ。ダウン」 「ダウン?」 「そうダウン。うちの店結構暖房入れてたし、てかそもそも先輩ってめっちゃ暑がりじゃないですか。それなのにすごい温かそうなダウン着てたからなんか変だなって思ったんですよ」  俺の頭に、本日二度目の稲妻が走った。 「確かに……って、えっ、あっそういうことか!? そのときってもしかして、もう俺テンション高くなかった?」 「そうそう。もうあのそっけない感じじゃなくて、いつも通りうざい感じでしたね」 「やっぱりか!」  俺はなんて最低で最高なのだろうと思った。 「やっぱりかって」 「今日バイト終わったら連絡してくれ、お待ちかねの解決編だぞ!」 「いいから早く帰れよ」  ***  俺は佐々木と後輩の武藤を夜の公園に呼び出した。 「なあ寒いって、てかこの子は誰?」 「先輩帰らせてください」 「まあ落ち着け。待ちに待った解決編なんだから」 「いやお前が昨日のこと思い出して嬉しいのは分かるけど、どっかのファミレスとかでいいだろ、てかこの子が、電話で言ってた後輩?」 「先輩帰らせてください」 「室内で解決編なんて、それはもうどっか孤島の別荘とかじゃないと成立しないだろ」 「お前そんなに推理小説知らないだろ。あとさっきから俺の質問無視すんなよ」 「先輩帰らせてください」 「分かった。雰囲気を出すために場所を公園にしてみたけど、後輩が今にも帰りそうなので、手短に話します」 「先輩、寒い。早く」  佐々木と武藤の視線に耐えきれなくなった俺はすぐに話し始めた。 「まず今回明らかにしなきゃいけなかったことは2つあった。1つは単純に昨日のマリア様との記憶で、もう1つがコンドームの謎。記憶の方は結局今も思い出せないからもう仕方ないとして、ゴムがなぜ使われたのかは分かった」 「ほう。高梨麻理とやった以外の用途で?」 「そうだ。武藤さ、俺がそっけなかったみたいなこと言ってたよな?」 「あっはい。またその話?」 「あれはまさしく体調が悪かったんだよ。悪いどころかもう日本酒の飲み過ぎて吐く寸前だったんだよ」 「はあ、それが何なんですか?」 「でもその後武藤がトイレ清掃に行って、マリア様とすれ違い、その後俺と会った時には俺はいつも通り、つまりは体調も元通りになっていたんですよ」 「急な敬語」 「敬語きもいです」 「……そんな言う? つまり、俺はそのマリア様がトイレに行って、おそらく俺のためにお化粧直ししてくれていた間に体調が良くなったんだよ」 「だから?」 「それがなんですか?」 「おお! それそれ、そのリアクション! 推理小説っぽい! だから酒飲んでて、急に顔面蒼白になって、また急に元気になってたって、もうそんなのあれしかないだろ」 「ああお前げろったのか」 「そう! すばらしい! そのとおり!」 「ぶっとばすぞ」 「いやそれはないですよ。先輩今日も店来たでしょ? うちのトイレ1つしかないですよ?」 「もちろん分かってる」 「分かってるって、先輩たちがいた席、そんな大惨事になってなかったですよ。それにそんな分かりやすい粗相してたなら、今日先輩が来た時にすぐ言ってますよ」 「だから分かってるって。焦るな後輩」 「でもそれならどういうことなんだ? 店の外でげろったのか」 「いやそれは無理。あそこは駅前で人通りが多すぎる。もちろんマリア様に見られなければそれでいいとも考えられるけど、なるべくは人目につかないところでしたいと思うはず。それに経験した人なら分かると思うけど、気持ち悪さは突然限界突破するもので、そんな悠長に最適の場所を探したりできない」 「まあ確かに。あっやばい吐くかもって思ったら、その辺うろうろ歩けないもんな」 「で、結局先輩はどうしたんですか?」 「だからだよ。。これにげろったんだよ。多分」 「ああなるほど」 「多分ゴムの匂いが余計気持ち悪くて、それはすっきりと出し切れたと思う」 「それでそんな爆弾抱えて先輩はどうやって麻理さんをやり過ごしたんですか? 昨日別に店の外にそんなやばいもの落ちてもなかったし」 「ああそれは、武藤が教えてくれたじゃん。俺がダウン着てたって」 「ああ! そういことですか!」 「そういうこと」 「どういうことだ?」 「要はその爆弾を隠すために、ダウンを仕方なく着て、その内側に忍ばせてたってこと」 「ほう。なるほど」 「きっと俺はちょっと寒くなってとか適当な嘘で、マリア様をかいくぐって、店のトイレで爆弾を処理したと」 「ああその時に先輩に会ったってことなんですね」 「多分な。それで開けた袋は、さすがに俺も焦ってたんだろうな、ポケットの中に入れっぱなしにしちゃってて、今日朝起きたら一緒に入れてた携帯に挟まってたっていう話」 「おお、確かになんか納得って感じだな」 「じゃあ結局先輩は、麻理さんの前で粗相をすることもなく、何とかうまいことやり過ごしたってことなんですね」 「おそらくそうなる! いやこれはまさにコンドームの奇跡と言っても過言ではないね」 「過言だろ」 「よし、早速マリア様に連絡します!」 「お前もしかして、高梨に連絡する勇気無くて俺ら呼んだだろ」 「ああその場のノリで無理やり自分を鼓舞しないと連絡取れないんですね」 「おいやめろよ、可哀想な人……じゃないんだよ」  全くもって図星だったが、俺は気にせず携帯の連絡先からマリア様を探した。が、なかなか見つからい。その他のSNSも探すが見当たらない。 「あれないな」 「そりゃそうですよ。こんな1人で連絡することすらできない人が昨日連絡先聞けるわけないでしょ」 「確かに」 「くそ、正直納得せざるを得ない。なあ佐々木はマリア様の連絡先知ってるよな!?」 「まあ一応同じサークルだから」 「ここはひとつ」 「ああ、今電話かけてる」 「えっ待って、早くない? えっちょっ……」 「先輩のお友達ドSですね」 「おい高梨さん出たぞ」 「高梨さんですか?」 「はい、そうですけど。失礼ですが」 「あっはい! あの……昨日お食事に行かせていただきました……」 「ああ、あなたとはもう話すことは何ひとつありません」  その声はもうマリアというか不動明王って感じだった。声なんて聞いたことないけど。 「えっ、切られた」  ***  俺とマリア様は、いかにも隠れ家といった素敵なお店屋さんを後に、普段は利用しない駅の改札口まで来ていた。 「今日お食事行けてすごい楽しかったです! 本当にお金私出さなくていいんですか?」  目の前で天使、女神が、折れてしまいそうな細い小首を傾げながら、何か言っていた。あまりの存在感と美しさに何度も意識が飛びそうになる。 「はい!?」 「あのお金……」 「ああ! いや全然! こういう時のためにバイトしてるし、ちょっとくらいかっこつけさせてください」 「優しいんですね」 「いや全然……」  とにかくその目で見つめられると、心臓の音がうるさくなり過ぎて、全てのことに集中できなくなってしまう。 「もしよかったら連絡先交換しませんか? これからも一緒に勉強したりしたいですし」  俺はもう死んでもいいと思った。 「はい! もちろんです!」 「やった! 嬉しいです!」  マリア様はそっとおしゃれなカバンから携帯を取り出した。俺はもう女神となると、携帯ケースまで可愛く見えるなと思いつつ、俺は慌ててポケットの中から携帯を取り出した。 「……えっ?」  マリア様は固まった。  俺の携帯ケースの上には、0.01と書かれた袋がふてぶてしく鎮座していた。
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