洋子の結婚式

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「慣れない事をすると疲れるね」 「何言ってんだ。お前プレゼン得意じゃん。この前の企画もお前にもってかれたのに……」 「コンペと一緒にするなよ」 「ばかばかしい~」 小西が、あほらしいといった顔で木野を見て言った。 (男の人の話し方って良いな。何か気取らなくて温かい) そんな事を思って二人を見ていると、木野が笑いながら言った。 「ほら、変な汗が出て来て止まらないよ~」 額の汗を手で拭う木野に、のぞみは急いでバッグからハンカチを出して渡した。 「良いの?」 と聞く木野に、のぞみがニコッと笑って頷くとすぐに、受け取って額の汗を拭いた。 「え? えっと、秋山さん?だったよね」 「はい」 急に素っ頓狂な声を出して、小西が言った。 「ほら、秋山さんの事を司会者の人が呼んでるよ」 「私をですか?」 のぞみはそう言いながら、クルクルと見回して司会者に頭を下げた。 「秋山様、御新婦様のお友達として、こちらに起こしになって、お祝いの言葉をお願い致します」 「えっ?」 (そんな!) のぞみは司会者の一言にうろたえてしまった。 とりあえず、会場の人達に向かって、ペコペコと頭を下げた。それがいけなかったのか、会場の人達が大きな拍手をくれた。 (どうしよう。私、こんな経験初めて…) のぞみは、追いつめられた様な気持になって、涙が出て来そうになった。 (駄目、駄目、洋子ちゃんの大切な結婚式なのに) テーブルの方に視線を移すと、心配そうに木野と小西がのぞみを見た。 「一緒に付いて行こうか」 木野のさり気ない一言に勇気を貰って、にっこり笑うと「大丈夫です!」と言った。 (洋子ちゃんの一生で1番大切な日、この機会に今までの感謝の心を言葉にして、お礼を言っておかなくちゃ) のぞみはそう思って、震える足で一歩を踏み出した。のぞみが司会者に向かって歩くと、拍手はなお大きくなって、式場が盛り上がっていくのが分かる。 「新婦様のお友達の秋山様からのお祝いの御言葉です」 のぞみの頭上から、ライトが照らされて、会場の照明が少し落とされた。そっと、木野のテーブルの方に目をやると、二人が同時に手を振ってくれた。軽く頭を下げてから、マイクの前に立つと、洋子の方に目を向けた。 洋子は白い手袋で拝むように両手を合わせて「ごめんね」と、言ってるのが分かる。 にっこり笑顔で返して、会場の人達に深々と頭を下げてから、初めの一言を言った。 「洋子ちゃん! 御結婚おめでとうございます。何度も何度も言った言葉なのに、まだ言い尽せない感じです」 のぞみの言葉に反応して、また大きな拍手が帰って来た。 洋子の優しいお母さんの姿も見える。そしてお兄ちゃんとお嫁さんも、そしてその隣には、さっきバージンロードで洋子の手を取って、娘を庇うように歩いていたお父さんが、ハンカチを目に当てて下を向いていた。涙が出て止まらないのだろう。 (大丈夫ですよ。洋子ちゃんは幸せになるのですから) と、声を掛けたくなる。
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