第1章 〔ひさご〕での日々

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ここ「ひさご」で働いている秋山のぞみは、住み込みの店員で、紺絣の着物に赤の前掛けが、とってもよく似合う少し小柄な、26歳の可愛い女性だ。 店は、10人ほどが座れるカウンターと、4人掛けのゆったりと座れるテーブル席が3台有って、満席になってものぞみ一人で十分にやって行ける大きさだ。 元々は、老舗の料亭だったらしく、2階には10畳程の座敷が8室あって、それぞれの部屋には未だに部屋の名前が記された札が掛かっている。 「ひさご」の経営者の女将さんの名前は、野上静子。 お客さんからは「お静さん」と、親しみを込めて呼ばれている。 六十歳前で気風があって、男前な感じの人である。 お客さんにも「お静さん」は間違って女に生まれて来た様な人だと言われて、ぷりぷりしているのが、とっても可愛いと思う。 のぞみからすれば、母ぐらいの年なのに可愛いと思うのは変かも知れないけれど、やっぱり可愛いって感じがぴったりの人だ。 のぞみは女将さんの希望もあって、お静さんの事を「お母さん」と呼んでいる。 そのお母さんも、近ごろでは腰が痛い、足が痛いと言ってはカウンターの隅に座って膝や腰を撫でて居る姿が痛々しい。
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