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「ひさご」のお客さんは、会社帰りのサラリーマンが殆どで、若い人から年配の人までいろいろ。
「ひさご」の回りには衣料問屋や、それに伴う小物問屋が多く、問屋とは言っても昔のような番頭さんや、丁稚どんの様な世界ではなく会社組織になっているのだけど、お母さんに言わせると、中身は何も変っていないらしい。
「ひさご」のお客さんは、みんな古くからの御馴染さんで、働いていても毎日がとても楽しい。
「のんちゃん。そろそろ、お店開けようか!」
営業時間は、夕方5時から夜の11時まで。だけど、1時間前には店を開ける事にしている。
「は~い!」
元気よく暖簾を持って飛び出したのぞみは、一瞬ギクッとして氷ついた様に立ち止まってしまった。
店を開ける前にしておいた打ち水が、ちょうど良い塩梅にアスファルトを湿らせている。そのしっとりした道を歩いて行く一人のすらりと背の高い男性に、目が張り付いてしまったのだ。
(あの人だ…)
少し外した視線をもう一度、遠のいて行くその後ろ姿に移す。
(やっぱり、あの人だ!)
大好きで大好きで、あの人だけを見つめて生きていた時もあったのに、あの頃はこの幸せが一生続くと信じていたのに。そんな世界から私を地獄の底に叩き落とした人。
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