第1章 〔ひさご〕での日々

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今もあの人の姿を見ただけで、追いかけて行きたい気持ちになる程好きだけど、すぐに辛かった思い出の方が鮮やかに甦って来る。 遠ざかって行く後ろ姿を見つめて、のぞみはその場から動けずにいた。 (どうして? あの人の着ている服は私と暮らしている時に買った物ばかり… 白のポロシャツも、紺のジーンズのパンツも、そしてスニーカーも… 今、あの人と暮らしている筈のあの女の人は、あの人の事を何も構って上げてないのかしら) どう見ても洗濯の行き届いていない服装に心を痛めながらも、その後姿から目を離す事が出来ずにいた。 のぞみがじっと見ていたせいか、いきなり足を止めて振り返ろうとしたので、慌てて店の中に入った。 (きっと、私がじっと見ていたから、視線を感じたんだわ) 見つかったらと思うと、今は懐かしさ以上に恐怖の方が勝って、胸の奥が苦しくなって来る。 (もしかしたら、私と胡桃を探しているのかしら?) 勝手に家を飛び出して来た私を、あの人はいつもの優しい心で許してくれるだろうけれど、帰れば、また、あの恐ろしい地獄の様な生活が待っているだけ… 遠ざかって行く後姿を見つめながら、のぞみはただ茫然としていた。 今も戸籍上は私の旦那様のあの人に…
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