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のぞみは嬉しくて、女将さんの言葉がまだ信じられない思いだった。
胡桃を抱いて、スタスタと歩いて行く女将さんの後を、当座の服の入った紙袋を手に持って、パタパタと付いて行った。
表に洩れる店の灯りが温かい。
格子戸を開けて、【ひさご】と書いた紺に白字の暖簾をくぐって中に入ると、店には何人かのお客さんがいて、女将さんを待っていた。
「お静さん、どこへ行ってたの。待ってたんだよ。腹減っててさ」
「すまんね、娘を迎えに行ってたんだよ」
「お静さん、娘さんがいたんだ」
「これでも一応、女だからね。子供の一人や二人いるに決まってるじゃないか。娘の事よろしくね」
「へえ、お静さんに似ず、可愛い顔してるじゃない。名前は何と言うの?」
「のぞみと言います。宜しくお願い致します」
のぞみは、お客さんに丁寧に頭を下げてお辞儀した。
「じゃあ、のんちゃんだね。僕らはここからちょっと行った所にある衣料問屋「木島」の従業員。宜しくね! そんでもって、この人は社長の息子さんで、僕らのスポンサー」
そう言って、人の良さそうな三十歳ぐらいの男性が親しそうに声を掛けて来た。
「じゃあ、のんちゃん。おでん3人前とビール3本頼むよ」
社長の息子と言われた、やはり三十歳ぐらいの人が早速、注文してくれた。
「有り難うございます。お母さん!おでん3人前とビール3本お願いします!」
のぞみは明るく返事して、お母さんに注文を伝えた。
「それと、蛸酢と唐揚げ、それに今日は良い事がいっぱいあったから本能寺3丁ね」
「本能寺?」
蛸酢、唐揚げ、本能寺、本能寺?なんてお寺の名前がいきなり出てきて、のぞみは困ってしまった。
「うん。まっ、後はのんちゃんが見つくろって持ってきてくれたら良いから」
「は~い。有り難うございます」
「お母さん、蛸酢、唐揚げ、本能寺を3丁ですって」
のぞみはすっかり眠ってしまった胡桃を女将さんからもらい、進められるままにカウンターの隅に置いている長椅子に寝かせると、ポイッと渡された白いかっぽう着を身に付けて、ビールとコップを先程の客の所に持って行った。
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