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少年の朝は早い。するりとベッドから抜け出すと洗面台に直行する。水で顔を洗う音がしてしばらくすると寝巻きから着替えて、白いシャツと黒のデニムパンツ、紺色のエプロンをつけてキッチンに立つ。不思議なもので少年、基ロイは家事に慣れているようだった。出会った頃は手錠をつけられたまま、道端に捨てられていたからてっきり何も出来ないから主に捨てられたのだろうと考えていた。ならばどうして捨てられたのだろう。目線だけで小さな背中を追いかける。
小さな宿屋の小さなキッチンで、パンと目玉焼きをせっせっと焼いている姿はとても健気だ。今度は捨てられまいと生きていくことに必死なように見える。年は10か11か、多分そのくらい。肩につくほど長かった髪は今は短く切り揃えられている。
ロイが振り返る。朝食ができました!と言いたげに、控えめな笑顔でこちらを見るので、ジャンもベッドから洗面台に向かった。
ロイは顔も悪くない、やや痩せているがそういった少年を好む輩は少なくないだろう。ならば捨てられた理由は、声が出ないから。
椅子の背を引いて待っているロイに「そこまでしなくていい」と言うと、しゅんと明らかに落ち込んで見せた。口をパクパクと開く。ごめんなさい、そう言っているのだと分かった。
「前にも言ったがお前はもう奴隷じゃないんだ、やり過ぎなくていい」
「……っ」
ロイは、でも、だって、と言いたげな顔をしている。
「確かに俺はお前を拾ったが別に奴隷として使いたい訳じゃない」
ならば何故拾ったのか。そう聞かれると分からない。ただ何となく、拾ってみようと思った。ロイを拾って何かをしたかった訳じゃない。子どもが好きだとか可哀想だからとかそんな慈愛に満ちた心もない。『ただ何となく』そう、それが答えだ。
少年の真っ黒い瞳がジャンの顔をじっと見つめている。頭にぽんと手を乗せるとビクッと体を震わせた。
「朝飯、用意してくれてありがとうな」
そう言うと柔らかそうな小さな頬を赤く染めるのだから、この少年を捨てたものの気持ちが分からない。少年とはこんなにも可愛い生き物だっただろうか。
「今日は薪割りの手伝いがあるから食べたら手掛けるからな」
ロイはジャンの言葉に大きく頷いた。
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