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 照りつける太陽、見渡す限りの砂漠。鳥取砂丘……ということはないだろう。呆然とする井上裕翔を囲むのは、映画でしか見たことがないような、緋色の着物を纏った男たち。彼らは槍のような物騒な凶器を水平に突き出し、裕翔に逃げる隙を与えない。 「貴様っ! タンチョウ族だなっ!」 「タンチョウ族が我が領土で何をしているっ!」  怒鳴った男の槍が、裕翔(ゆうと)の喉元にグッと迫る。先端が鋭い。マジの凶器だ。 「ひいっ」  二十五歳の裕翔は性感エステに勤めるセラピストだ。住まいも勤め先も新宿で、生活圏に砂漠はない。  客もキャストも全員男。いわゆるソッチ系の店。本番はなし。裕翔は節の高い指と厚みのある舌を駆使して客をイカせるタチ専門で、売り上げ、指名本数共にグループナンバーワンの超売れっ子セラピスト。断じてタンチョウ族ではない。 (もしかしてこれ……異世界転生ってやつ……か?)  記憶を辿る。確か欲張り無制限フルコースを四人接客して、へとへとで店を出て、ゲリラ豪雨の中自転車を漕いでいたら、赤信号を見落として…… 「何をしているっ!」  凛とした若い男の声に、裕翔を取り囲んでいた男たちが一斉に顔を上げた。  裕翔も顔を上げる。声の主は馬上からこちらを見下ろしている、顔立ちの端正な彼だろうか。あまりの美貌に目が釘付けになる。長い栗色の髪を一つに束ね、小作りなパーツは女性的で品がある。けれど鋭い眼光と、引き締まった表情で、決して女性には見えない。 「佐了殿、タンチョウ族です。どういたしましょう。ここで始末しますか」  槍を持った男が言った。 「ならん。タンチョウ族は生捕りだ」  佐了(さりょう)、と呼ばれた美しい男は馬を下りると、裕翔の元へ歩んだ。 「仲間はどうした。なぜこんな場所に一人でいる」  そんなこと聞かれても困る。 「ええっと……俺、タンチョウ族じゃない……です」  佐了が目を丸くした。顔がつくほど距離を詰め、じっと瞳を覗き込んでくる。  彼らの言葉は分かる。だから自分の言葉も伝わるのかと思ったが……違うのだろうか。 「禍罪の黒髪がっ! 嘘をつくなっ!」  横から、槍先がグッと突き出された。 「わっ」  裕翔は慄いて腰を抜かした。槍を持った男たちが顔を見合わせる。険しい表情は、(なんだこいつ)という呆れたものに変わった。 「この男、タンチョウ族にしては顔つきに締まりがございませんな」  槍を持った男の一人がそう言って、槍を杖のように砂漠に突き立てた。他の男たちも槍を引き下げる。 「しかし黒髪でありますぞ。腑抜けを演じているのでは」  別の男が言った。  そういえば、裕翔を囲む男たちは皆、赤髪だったり、金髪だったりと色とりどりで、黒髪は一人もいない。 「どちらにせよ貴重な黒髪だ。内地へ連れて行く」  佐了は裕翔の顎をつまみ、左右を向かせ、まじまじと顔を見る。綺麗な顔に見られて落ち着かない。 「来い。俺の後ろに乗れ」  佐了は馬に乗ると、馬首をクイっと動かし、馬の尻を裕翔に向けた。 「乗れ」  砂漠に取り残されても困る。裕翔は馬の尻に飛びついた。思うように足が上がらないと思ったら、上衣が膝下まである作務衣を着ていた。太いズボンは足首でキュッと絞られている。 (なんで俺……こんな服……)  履き物は獣の皮で編んだような草履だ。  佐了が振り向き、首を傾げる。 「何をしている?」 「あ……すみません、すぐ……」  再び馬の尻に飛びつく。けれど馬の尻尾がブンと跳ね、「わっ」と驚いて砂漠に腰をつく。裕翔は一度も馬に乗ったことがない。  槍を持った男に「急いで乗らんかっ!」と槍でせっつかれ、慌てて立ち上がった。  再び馬の尻に手を掛ける。もたつきながら、なんとか這い上がった。 「ひいっ!」  馬が向きを変え、裕翔は反射的に佐了の体に抱きついた。ビクッと佐了の体が跳ねる。  佐了が肩越しに裕翔を見る。不思議なものを見るような眼差し。 「貴様、馬に乗ったことがないのか?」 「ないっ……」  ブンブンとかぶりを振った。 「なら、しっかり捕まっていろ」  裕翔は佐了の体にピタリとくっついた。布越しにも逞しい体つき。ほのかに汗の匂いがしたが、むさ苦しい感じはしなかった。生命力に溢れた若者の色香だ。首元ですんと息を吸うと、くすぐったいのか、佐了は首をよじった。  何その反応可愛い……と思ったのも束の間、馬が走り出すとそんな余裕もなくなった。裕翔は振り落とされないよう、しがみつくのに必死だ。 「貴様っ、タンチョウ族でないのならっ、その髪でどうやって生きてきたっ!」  佐了に聞かれ、思い切ってこう答えた。 「俺っ、たぶんこの世界の人間じゃないっ」  馬が減速した。佐了が怪訝な顔で振り返る。 「タンチョウ族なんて聞いたこともない。俺は日本人だ。あんたは……違うよな?」  佐了は筆で引いたようなすっきりとした眉を寄せた。 「にほん? 知らないな」  異世界転生が現実味を増し、ワッと鳥肌が立った。 (生きられる気が、しない……)  裕翔は東京生まれ東京育ち。三ヶ月で会社を辞めたヘタレだ。こんな意味不明な世界で生きていけるはずがない。っていうか生きたくない。 「佐了殿っ! あれはっ!」  前方、小高い起伏にいる男が、馬上から言った。  馬を走らせ、起伏に立つと、炎に包まれた村が見えた。非現実的な光景が、余計に異世界っぽくて眩暈がした。 「タンチョウ族の仕業だっ! 急げっ! 奴らはまだ近くにいるはずだっ!」  佐了が声を張り上げ、男らが「ハッ」と威勢よく返事をした。一斉に炎に包まれた村へと駆けて行く。 「無理無理っ! やめようっ!」  裕翔は佐了の体を強く抱きしめた。 「なんだっ、急にっ!」  二人を乗せた馬だけ減速する。裕翔は駄々っ子のように首を振った。タンチョウ族なんて知らないが、出会したらやばい気がする。っていうか、燃えている村に突っ込んでいくとかありえない。普通なら逃げる。これ以上恐ろしい思いをしたくない。自分には耐えられない。  裕翔は佐了の背中に顔を埋めた。現実逃避だった。この世界は怖すぎるけど、この男の匂いはそそられる。  佐了は大人しく抱きしめられている。裕翔は開き直って、彼の逞しい体をまさぐった。胸元の合わせから手を入れる。 「なっ……にをしているっ!」 「すご、何このシックスパック……上品な顔して脱いだらこれとかエロすぎるでしょ」  現実逃避はエスカレートする。こんなわけのわからない世界で恐ろしい思いをするくらいなら、いっそ死んだ方がいい。殺されてもいいのだと思うと大胆になれた。 「おにーさんさ、俺とセックスしようよ。満足させるから」 「くだらんことを言うな……」  おや? と思った。剣を抜かれることも覚悟していたが、佐了は小さく身じろぐだけ。耳はほんのりと赤い。 「男は嫌?」  調子に乗って、首筋にちゅうっと吸い付いた。 「やめ、ろっ」  佐了は嫌がるように首を振った。初心な反応がかわいい。  ぺろっと下から舐め上げると、筋肉質な体がぶるりと震えた。首筋でこれなら、性感帯に触れたらどうなってしまうんだろう。想像しただけで股間が熱くなってきた。心に余裕ができたのか、これは転生ではなく転移か、と思い直す。どちらにしろ、現代人のマインドで生き抜ける世界ではない。  佐了は体を強張らせ、いっそう耳を赤らめる。操作を誤ったのか、馬が「ヒイン」とのけぞった。 「うわっ」  佐了の体にしがみついていたものの、急な傾斜に対応できず、裕翔は振り落とされた。砂漠に背中から倒れ込む。 「って……」 「おいっ!」  佐了が馬から飛び降り、裕翔の前で膝を折った。気遣わしげな彼の視線に、目を奪われる。出会ったばかりの相手に向けるそれではない。  至近距離で見つめ合うと、なぜか懐かしい心地がした。どこかで会っている? いや、こんなに綺麗な男なら、忘れるはずがない。なのにどういうわけか懐かしく、切ないような、奇妙な感覚が込み上げてくる。 「どうされましたっ!」  一騎が引き返してきた。視線が低いから、周囲は砂漠の起伏に遮られ、他の馬の姿は見えない。既に村に到達しているのかもしれない。 「こいつが怪我をした! 手当をしていくから、先に行ってろ!」  佐了が声を張り上げた。男が去ったのを見届け、裕翔に向き直る。 「あまり俺をからかうな。これでも二千騎を麾下に持つ将軍だ。俺に無礼を働けば敵を作るぞ」  この男の、この気遣いはなんだろう。俺の顔がタイプ……とか? 熱っぽい眼差しに、ついそんな想像をした。セラピストの勘で、口説けそうだと思った。可能性があるなら試すまでだ。異世界を楽しもうと思ったら、セックスくらいしかない。 「いいよ。おにーさんに嫌われさえしなければ」  切長の目が、分かりやすく狼狽えた。将軍がこんなに顔に出やすくて務まるのだろうか。無駄な肉のないシュッとした頬に手を伸ばせば、今度は激しく瞬きした。逃げようとはしない。指先が触れると、形のいい唇から熱い吐息が漏れた。これはいけると確信する。裕翔は男を押し倒した。 「……っ」 「やばい。めちゃくちゃ可愛い」  手のひらを絡ませ、砂漠に縫い止めた。佐了は驚きのあまり硬直している。強張った頬に舌を這わせた。 「なにをっ……して、いるっ……」 「あんたを味わってる」  ひくひくと痙攣する頬から、唇へと移動する。下唇を甘噛みすると、絡めた指に力がこもった。無防備な口腔へ舌を突き入れる。 「っ……んっ」  粘膜を余すことなく突き、なぞった。キスの経験値の低さが、拙い舌の動きでわかった。 「やめっ……んんっ」 「ちゃんと息吸って」  息継ぎに失敗したとわかっていて、たっぷりと時間をかけて、中を舌でくすぐった。  そうして唇を離すと、彼は大きく胸を喘がせ、空気を取り込もうと必死に息を吸った。整った顔は紅潮し、前髪は汗で額に張り付いている。隙だらけの幼い顔つきがひどく可愛い。 「キス、慣れてないんだな」  絡めた手を離し、額に張り付いた前髪をそろりと退かす。ガチガチに緊張した客にするように、裕翔は優しく笑いかけた。  胸元の合わせを、両手で掴んだ。 「っ……やめろっ!」  裕翔を遠ざけようと、彼の手が裕翔の肩を掴む。けれど全然力が入っていない。  胸元を暴くと、ほんのり色づいた小さな突起が目に飛び込んできた。思わずゴクリと息をのむ。何十人、何百人と見てきたものなのに、佐了のそれは裕翔の心を鷲掴みにした。自分はずっとこれを求めていた。そんな大仰な錯覚すら覚えた。  佐了の喉仏が上下に動く。こちらを見る水っぽい目に殺気めいたものはない。羞恥と困惑。「やめろ」と言う声の響きは命令というより懇願に近い。 「やめろ……やめろっ……」  懇願を無視して裕翔は胸に顔を寄せた。まだ触れてもいないのに、そこは期待するようにピンとそそり立っている。ふっと息を吹きかけると、裕翔の肩に彼の爪が食い込んだ。 「やめ……ひっ」  唇でやわく甘噛みしただけでびくんと体が震えた。一体誰に、どれだけ開発されたんだろう。ちゅうっと強く吸い上げると、彼は両手で口を塞いだ。 「ふ、んっ……」  強く吸われるのも感じるらしい。ならこれは……と根本に歯を立てる。 「んっ」  のけぞり、もっととねだるように乳首を突き出してくる。  裕翔は彼の脇腹を両手でホールドした。動きを封じ、尖った乳首をしゃぶり、舌先で舐め回す。敏感な体はしっとりと汗ばみ、桜色にけぶった。反応が返ってくるのが嬉しくて、裕翔は夢中で彼の乳首を手を変え品を変え、身につけた技術を余すことなく使い、なぶり続けた。 「やっ、はあっ……やめ……ろっ」  それまで、声を聞かせまいと口封じに徹していた彼の両手が、裕翔の頭を掴んだ。 「やっ……も、やめっ……はあっ……あっ」  ポカポカと頭を殴られても、ここでやめられる筈がない。彼の体はビクビクと震え、今にも達しそうなのだ。四年半のセラピスト人生で、乳首だけで達した者は一人もいない。客に「こっちも触って」とねだられたら、裕翔は応じるしかなかった。  でも彼は「こっちも触って」とは言わない。そこは布を押し上げているのに、恥じるように腰をよじり、隠そうとしている。欲望に抗う姿が新鮮で、ますます興奮した。 「やめないよ。気持ちいいんでしょ、ここ。……ほら、親指でぎゅうって押し潰しても、すぐに戻ってくる。コリコリしてて可愛い」 「あぁっ……や、はっ……もっ、あっ……もう……」 「もしかしていきそう? ……そんなわけないよね。乳首でいく男なんて見たことないし、あんた将軍なんだろ? 乳首でいくようなみっともない真似できっこないよね」 「ひっ……あっ」  片方をきゅっと摘みながら、片方をじゅるじゅると吸い上げる。必死に抗う手がピタリと止まった。 (お、いくか?)  指先で乳首をピンと弾いた。 「あっ……ん、ぁあっ……!」  硬直した体がガクン、と大きく波打ち、のけぞった。 (マジで乳首だけでいった) 「やっ……はっ、なれ、ろっ……」  息も切れ切れに訴えてくる。でもここで解放するほどお人好しじゃない。裕翔は乳首をちゅうっと吸い上げた。痙攣する彼の脇腹に爪を立て、くすぐりながら。 「ひっ……ぁっ、ん……」 (…………ん?)  ちゅうちゅうしゃぶっていると、口の中にジワッと何かがほとばしった。え……と困惑して唇を離す。指で摘むと、ピッと白いものが飛んだ。 「母乳……?」  彼を見る。彼は唇の端から唾液を滴らせながら、ぼんやりと、裕翔を見つめている。  離れろとも、見るなとも言わない。さっきまで欲望に抗い、必死に抵抗していた男が、まるで好きにしろとでもいうような態度だ。  今なら何をしても許されそうなのに、裕翔は初めての経験に驚いて、じっとそこを見つめてしまう。  ツンと尖った乳首を濡らす、乳白色の液体。母乳……としか思えないが、彼は男だ。異世界の人間は、男でも母乳が出るのか?   そこまで考えて、ハッとした。もしや自分は大きな勘違いをしているのではないか。彼は男ではなく、女なのでは……いやでも股間が……と視線を下げた時、彼の手が、はだけた胸元を隠そうと動いた。  裕翔は咄嗟にその手を取った。 「どうして隠すの?」  彼は眉を寄せ、ふいっと顔を背けた。シュッとした頬のラインで、やはり男だと確信する。 「吸って欲しいんじゃないの?」  興奮で声が上擦った。 「ちがっ」 「無防備に乳首突き出して、俺のこと物欲しそうに見てたくせに」 「違うっ……うっ、んあっ……」  乳首に吸い付き、思いっきり絞り出した。 「はあっ、あっ……ん、あぁっ、ああっ……」  甘い……という感覚はすぐさま「うまい」に繋がった。何これ美味い……  信じられない甘美に手加減を忘れ、夢中で吸った。出が悪くなると、反対側に移った。吸い尽くした方は指の腹でこね回す。 「ん、ああっ……」  彼はビクビクと小刻みに体を震わせ、ひっきりなしに喘いでいる。母乳を吸われて感じているのだ。なんてやらしい体だろう。 「ねえ、もっと出してよ」  甘えるように言った。ちゅうちゅうと熱心に吸っても、そこはもう、唾液と汗の味しかしない。 「もっと飲みたい。もっと出せるよね?」 「ひっ……」 「またいったら出る?」  乳首から顔を上げ、汗にまみれた美貌を見下ろす。はあはあと短い呼吸を繰り返しながら、彼は小さく頷いた。  自分で聞いておきながら、裕翔は目を見張った。見間違いかもしれない。「本当に?」と再度問う。  濡れた唇を僅かに開き、彼は「ああ」と答えた。  理性が弾けた。全部許されたのだと思って、佐了をうつ伏せにひっくり返す。腰を持ち上げ、獣のような格好で砂漠に這わせた。  腰には革ベルトや麻紐が何連も巻かれていて、外すのに手こずった。彼はじっと身を委ねている。従順な態度に煽られ、余計にもたつく。  やっとのことで紐類を外し終え、膝下まである上衣を手繰り上げた。履き物をグイっと膝まで下ろすと、形のいい引き締まった尻が現れた。 「っ……」  しっとりと汗ばんだ尻たぶを撫で回す。バージンじゃない。男を知っている穴だ。思わずゴクリと唾液をのんだ。口の端が引き上がる。 「なんだ……あんたもこっちかよ」  弾んだ声で言い、焦らすように指先でまるく円を描く。体が震えている。期待で興奮しているのだろうという甘い考えは、彼の顔から滴り落ちる尋常じゃない汗を見て吹き飛んだ。 「えっ……」  驚いて顔を見る。瞳は怯えるように彷徨い、唇は戦慄いている。 「おいっ……どうしたんだよ……っ」  背中をさする。ガチガチに緊張した体で、彼は身を委ねていたわけではなく、身動きが取れないほど怯えていたのだと気づいた。興奮がスッと引っ込む。 「佐了」  声色を和らげ、名前を呼んだ。向こうでは馴染みのない名前だからか、口にした瞬間、とてつもない違和感が胸に生じた。 「佐了、ごめん。もうしないから……」  乾いた黄土色の土に、ポタポタと佐了の汗が滴り落ちる。荒い呼吸、怯えるような、焦点の合わない瞳。まるで意識だけ別の世界にエスケープしてしまったような表情に、裕翔は空恐ろしくなった。肩を揺さぶっても反応はない。  肩を掴んで仰向けにひっくり返す。正面から見下ろす。余計に恐怖を与えるだろうかと不安に思ったが、予想に反して佐了はハッと目を見張り、安堵するように、吐息をついた。  一体どういうことか。彼に恐怖を与えたのは自分なのに、彼は裕翔から目を逸らそうとしない。両手で頬を挟まれた。まるで、「お前の顔を見せてくれ」とでもいうような仕草に、裕翔は胸が苦しくなった。 「佐了、ごめん……」  佐了は小首を横に振る。 「お前の名は、なんと言うんだ」 「裕翔」  苗字は必要ないと思った。 「ゆうと」佐了が繰り返す。「裕翔」 「もうしない。ひどいことしてごめん……もう大丈夫だよ」  言いながら額の汗を拭った。佐了はくすぐったそうに目を細める。  ベタベタ触っても、顔を寄せても嫌がらない。唇を重ねると、彼の手が背中に回された。きつくしがみついてくる。 「佐了っ……」  ちゅっちゅと戯れるようなキスを繰り返した。この美しい男は自分のものだ。佐了、佐了、とうかされたように名前を呼びながら、舌を絡め、小さな頭を抱え込んだ。  生き抜いてやる。単純な裕翔は心を切り替えた。
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