夏の贈り物

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 賑やかな音楽、子供たちの歓声、香ばしいポップコーンの匂い。  ショーの行われる一番大きなテントの外を、彼女はなんとなく歩いた。  ポケットにお小遣いが入っているわけではない。  テントの内側は彼女には無縁だった。  それでも客引きのためのパフォーマーを見ていると、サーカスに行ったという気持ちにはなる。派手なピエロたちが、おどけた動きで観客を沸かせていた。  少し開けた場所に人だかりがあり、その中心にいるのは他のピエロと違い、マジックを披露していた。  派手な衣装。真っ白い顔には零れる涙のペイント。  ピエロはどうしていつも泣いているんだろう。  動きは馬鹿みたいなのに。  群がる子供らに紛れ彼を眺める。  マジックが披露される度に歓声が上がり、エミリーもいつの間にか一緒になって拍手をしていた。  マジシャンの綺麗な指先。  短い爪は輝いている。  記憶の端に蘇る、父の指先。  もしかしたら、父の仕事はマジシャンだったのかもしれない。  客を時々いじりながらも、ピエロは随分と洗練されたマジックを披露し続け、最後に一輪の花を手の中から出すとエミリーに差し出した。  胸に手を当て、恭しく差し出された青い造花。  五枚の花弁の中心は黄色で、ワスレナグサに似ていた。  無言で差し出された花と、ピエロの顔を一瞥したエミリーは、こちらも無言でそれを受け取った。  マジックが終わり、観客が散っていく。  ピエロは帽子を脱いで観客に挨拶すると、テントの一つに消えていった。
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