炊飯器の魔王

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『どうだ? 俺様の命令一つで、裸足で歩く総理大臣の行く手にある米粒を立ち上がらせ、足裏に突き刺すこともできるのだぞ』 「あぁ、レゴ踏んだみたいなやつ」  無法者の弟がいたから身をもって知っている。あれは痛い。  ドヤ顔で見上げる魔王に、私は国民の総意を代弁した。 「じゃあ、やっちゃってよ」 『ん?』 「やっちまえって」 『いや、それは、慎重に時期を見極めて』 「役立たず」 『今はその時ではないのだ!』  プッ、プッ  魔王が顔に米粒を飛ばしてくる。興奮した上司が唾を飛ばす様子を思い出してしまい、一瞬で厭な気持ちになった。 『だがな、考えてみろ。米の塊が弾丸のごとく飛べば、人間の体など貫通するのはたやすい』  半目になった私に構わず、くくく、と魔王が笑う。 『腹に収めた米が破裂したらどうなる? 世界中の米粒が致死量の毒を含んだとしたら?』  半分干し飯のくせに、ねっとりした声で魔王は言った。 『お前に選択肢はない。俺様の魔力が熟成しるまでこの釜を快適に保ち、せいぜい俺様の機嫌を損ねぬようーーえっ、おい何を!』  ボグッ  私は炊飯器の蓋を閉め、「切」ボタンを押した。  たぶん悪態をついているだろうけれど、魔王の声は全く聞こえない。集まった干し飯も静かなままだ。 「やっぱそっか」  内釜と外釜に守られ、フッ素樹脂でコーティングまでされた炊飯器の中からでは、魔王の命令は外界に影響しないらしい。
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