炊飯器の魔王

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 ああ、やっぱり。  三泊四日の帰省からアパートの部屋に戻った私は、がっくりと肩を落とした。  わかってはいた。消した記憶がないのだから、つけっぱなしで家をあけたのは間違いないと。でももしかして、と、淡い希望も抱いていたのだ。が、その期待は打ち砕かれた。  炊飯器の保温ボタンは、オレンジ色の光を放っている。 「サイアク……」  電気がもったいない、だけではない。その庫内には、一握りの白飯が入っているはずなのだ。  四日前の朝食後、炊飯器の残飯をパックに詰めて冷凍庫に入れた。そのときに入りきらなかった一塊を、出発前に口に放り込んで行こう思っていたのに。 「スイッチ切っとけばよかった……」  保温ランプが消えていたら米のことなど忘れてしまう、そう思ってつけたままにしたのが間違いだった。 「はぁ……」  ため息をつき、炊飯器に触れる。数年前までお祖母(ばあ)ちゃんが愛用していた花柄の旧型品は、外側までほんのり温かい。  ボガッ  銀色のボタンを押し込むと、独特の重低音とともに蓋が上向きに開いた。四日間保温された白飯はどんなカピカピになっているだろうかと、ぬるい深淵を覗きこむ。 「ん?」  目の錯覚。気のせい。シミュラクラ現象。  頭の冷静な部分がそう判断しようとする。けれど、黒い内釜の端に寄せられた白い塊に、顔のようなものが見える。  現実を伝える網膜  vs.  隠蔽体質な脳  私の前頭部で静かに繰り広げられた闘争は、強力な援軍の登場により決着する。その援軍は鼓膜を通さず私の脳に直接、一閃を放った。 『おぅ、待ちくたびれたぜ』  声の主である白飯は、米粒の凹みでできた口を歪ませ、ニヤリと笑った。  
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