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「あっ……の、一人で拭けます」
子供扱いされているようで気恥ずかしくなって、思わず手で制した。男は不思議そうに庄助を見つめる。
「ここ、血が固まってる」
殴られたときに歯で口の中を切った。その血が唇の横に滲んで乾いているのを、男は親指で拭った。庄助は突然初対面の相手に口の周りを触られたことにびっくりした。
「だいっ、大丈夫です!」
庄助が身を捩ると、男はそうか、と呟いて手を離した。庄助は綺麗にブリーチされた柔らかい金髪をガシガシと拭くと、改めて男に礼を伝えた。濡れたタオルをそのまま返すのは無礼かと思い、肩にかけたままにした。
「ごめんね。こいつちょっと人との距離感わかってないっていうか……。ま、ちょうどいいから紹介しとくよ」
国枝は苦笑しながら、男の肩をパンパンと気安く叩く。一方で男はにこりともしない仏頂面を貼り付けている。随分と無愛想な男のようだ。
「こいつは、遠藤。遠藤景虎。早坂くんの先輩だから、兄貴分だね」
よく見ると、半袖の柄シャツから入れ墨が覗いている。二の腕をぐるりと囲む鮮やかな和彫りは、その身体のどこまで続いているのか。庄助は興味深げに景虎を見つめた。
「遠藤の兄貴、よろしくお願いします。俺、早坂庄助っていいます」
庄助は景虎を見上げて笑顔を作った。もともと幼い顔つきが、笑うと一層子供のようになる。それは庄助にとってはコンプレックスでもあり、人に可愛がられる強みでもあった。
「……よろしく」
景虎は少し面食らったように目を瞬かせて言った。外はまだ雨が降っていて、窓を叩く水の粒の音が聞こえる。
「同じ釜の飯を食うヤクザ同士、仲良くしてやって。景虎は変わってるけど、悪いやつじゃ……いやヤクザだから基本的には悪いやつなんだけど、根っこは更生の余地があるっていうか……」
「褒めてませんやん、それ」
「お、ナイスツッコミだね。さすが大阪人」
国枝は笑って庄助を指した。
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