知りたくて

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翌週、また俺は散歩に行き、公園で央音に会った。央音との時間を持てるのが嬉しくて、不思議なくらい央音といたいと思う。 その次の週も央音と会った。その次の次の週も。 色々な話をするのに俺は央音が全然わからない。不思議な男。 更に次の週、また央音と会った。 「央音は不思議だね。話してもよくわからない」 俺の言葉に央音は首を傾げる。 「俺を知りたい?」 いつかのように迷うことなく、今度ははっきり頷いた。 「知りたいなら、付き合ってみる?」 目をしばたたかせる俺を微笑みながら見つめる央音は、やっぱり不思議で。ゆっくり、しっかりと頷いて、差し出された手に手を重ねた。 この言葉を待っていたのかもしれない、と思いながら。 休日の朝の公園だけだった逢瀬が、平日の夜に央音の部屋や俺の部屋、近所の居酒屋、ファストフード店など、様々な場所になった。二人でどこに行くと決めるのでもなく、歩いてたどり着いた場所が目的地。 「貴暁、ほら」 「うん」 差し出された手に手を重ねる。 央音とは手を繋ぐようになって、俺はそれだけでどきどきする。手を繋ぎたいと思うと央音は繋いでくれるけれど、気まぐれに離されてそれが俺は心細い。 そばにいる男は羽が生えているかのようにふわふわしていて、手を繋いでいないとどこかに行ってしまいそうに感じるときがある。 央音をもっと知りたいのに、知れば知るほど央音はわからなくなっていく。好きになればなるほど遠い。 なにが違うんだろうと考えて、央音の様子を注意深く見る。 「貴暁」 俺を呼ぶ心地よい声。優しくて、心がほぐれていくような。ずっとそばにいたい……いつまでも隣に。初めての感覚に戸惑うくらい、央音を求めている。 「央音」 呼びかけて、はっとする。央音の見ているところが遠い……? 「どうしたの、貴暁」 わかった。央音は俺に心を開いていない。なにかを固く閉ざしているのではないか……いつまで経っても央音がわからないのはそういうことではないか。 足元が崩れるような感覚に震えが止まらない。そんな俺の様子に気がついた央音が、俺の手をぎゅっと握る。 「どうしたの?」 重ねて聞かれるけれど答えられない。その目に俺は映っているのだろうか……央音には俺が見えているのだろうか。 しばらく央音をいつも以上によく見ていたけれどやはり同じで視線が遠い。今まで気づかなかったことが不思議なくらいだ。浮かれていたのかもしれない。好きだとどきどきしていたから、手を繋いだ温もりに、俺は心が溶かされていたからまったく見えていなかったんだろう。この央音の心の距離は、拒絶とは違うんだろうか。 「貴暁、これおいしいよ」 央音がサーモンのマリネを俺の皿にのせる。食べるとおいしいのに、ほろ苦く感じてしまうくらい苦しい。 「おいしくない?」 「……おいしい」 おいしいと感じたものを俺にも食べさせたいと思ってくれたことが嬉しいのに、俺を見ているようで見ていない瞳が悲しい。 「央音は魚好き?」 刺身や焼き魚をよく頼んでいるから、そうかなと思った。もっと教えて、央音のことを。知ればこの不安も消えるかもしれない。 「好きかもしれない。でもお肉も好きだよ」 「そうなんだ……」 よく頼むけど、好きかもしれない程度で、肉も好き。俺のこともそうなのかもしれない。よくそばにいるけれど、好きかもしれない程度。好きかと聞かれたらそこまでじゃないのだろうかと思ったら急に心細くなった。でも、「俺は?」とまっすぐ聞く勇気がない。 央音のすべてを知りたくて手を取ったのに、知れば知るほどわからなくなっていく。二人でいるのに、独りぼっちのようだった。 ねえ央音……、央音がわからないよ。 初めて目的の場所を言った。「夜景が見たい」と俺が言うと、央音が少し小高くなっている場所にある公園に連れて行ってくれた。そういえば俺達は近所ばかりをうろうろしているな、と今更思ったけれど、本当に今更だ。ずっと無言の俺に央音はなにも言わない。そのことを俺はわかっていた。俺だけが好きだった。 公園で並んで夜景を見る。でもなぜかすべてが霞んで見えて、なんの彩もない。 「綺麗だね」 「わからない」 俺の答えに央音がなにも言わないことに、そうだよな、と自嘲してしまう。央音が手を繋ごうとしてくるので、その手を避ける。また手を握ろうとする央音に向き直り、俺は首を横に振る。 「……もういいよ」 笑いかけると央音が動きを止める。 「どうしたの?」 俺はもう一回首を横に振る。 「もう手は繋げない」 「いつならいい?」 央音は手を繋ぎたいんだろうか。それはなんのため? なんで好きでもない俺と手を繋ぐんだろう。好きじゃないのに……好きなのは俺だけなのに。そう改めて考えると苦しくてぐっと胸が詰まる。この胸には、たくさんの「好き」がある。 「そうだね……まためぐり会えたら?」 それは、俺にはもう会う気持ちがないという意味だったけれど、央音には絶対伝わっていない。ここにきて自分の言うことを濁したい気持ちになっている俺は、遠回りな言い方をしてしまう。やっぱり央音は首を傾げる。 「どういう意味?」 「もうずっと手は繋げないってこと」 「貴暁?」 「央音の大切な人って誰? 央音の好きな人って誰? 俺のこと、好きなの……?」 一息に言って央音をじっと見る。これが最後……目に焼きつけておきたい、俺の好きな人。馬鹿みたいだけれど、どうしても好きだ。今だってそばにいたいし央音が纏う空気を心地よいと感じてしまう。 「つまり……?」 央音の問いかけに、すぅ、と息を吸う。 「さよなら」 好きな人を置いて公園を出た。さよなら、もう二度と会わない。
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