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◇
今日は三月九日、時刻は夕方の五時だ。四〇メートルほど向こうには穏やかにさざめく波打ち際が、そのずっと奥には静止画のようにシンとした地平線が見える。その上に広がる夕空はインスタグラムのロゴみたいな色をしていた。
わたしたちは今、海辺の堤防に腰かけている。
「まだ三月なのにあったかいなあ」わたしの右隣に座るアタルが低い声で言った。「温暖化を実感するよ」
アタルは身体の後ろ側のアスファルトに両手をつき、身体を軽く反らした姿勢で空を見上げている。細くて白い、骨ばった手首が身体を支えていた。
「な、俺らがジジィになるころには日本も常夏になるんじゃねえの」
アタルに同意するのは三好だ。彼はわたしの左隣に座り、アタルとは正反対の熊のように分厚く、日焼けした手でスマホを操作していた。彼は片道八キロほどの距離を自転車で通学していたので、一年の夏以降、真夏の日焼けが一年中肌に定着したままだった。
「そうなったら楽しいよねー、一年中、水着で海入れるってことじゃん」
堤防の下に広がる砂浜にしゃがむ瑠奈がはしゃぐ。彼女は今、砂の上に〈卒業おめでとう!〉という文字を書いている途中だった。
「ね、凜夏。そうなったら楽しくない?」
瑠奈がわたしに問いかけた。「たしかにね」とわたしは彼女に同意した。
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