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わたしはその光景を見て笑っているふりをしながら、ポケットの中の手紙の存在を指で確かめた。
〈アタルのこと、ずっと好きだったよ〉
これまでのわたしの気持ちがつまった手紙だ。今日渡せなければ、きっと一生渡せない。
卒業後、わたしはこの街に残る。実家に住み、看護学校に通う予定だ。でもみんなは違う。瑠奈は東京の美容学校へ、三好は北海道の大学へ、そしてアタルは親の仕事の都合でマレーシアへ行く。行った先で語学学校に通うらしい。家族で移住するのだから、この町にアタルが帰ってくることはもうないのだろう。
でも、どうやって渡そうか?
わたしは右隣に座るアタルをちらりと見る。直接渡すのは恥ずかしい。できれば別れたあとで気が付く感じの渡し方がいい。
ふと、彼の学ランのズボンのポケットが気になった。座って布が折れているため、ポケットの口がぽっかりと空いていることに気が付く。
ここにこっそり入れちゃおうか?
わたしは思う。掌サイズの紙を四つ折りにした小さな手紙を親指と人差し指でつまみ、ポケットから解放してみる。
三人の会話を聞きながら、わたしはアタルのポケットに狙いを定めていた。彼らは楽しげに笑っている。
今だ、と思う。
酷い緊張に襲われる。心臓がドキドキして、息がしづらい。震える指がアタルのポケットを目指す。みんなの会話が耳から遠ざかっていくような感じがする。わたしの指がアタルのズボンの布に触れる。アタルは気が付いていない。
こうしてわたしは手紙をアタルのポケットに忍ばせることに成功した。
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