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実千は自然に俺の手を握る。
最初は戸惑っていたのに、人とは不思議なもので、慣れる。
昼間は感嘆符を山ほど飛ばしてにこにこしてる実千は、星を見るときには大人びた表情を見せる。
その違いにも慣れた。
でも慣れないものがある。
どきどき。
実千に手を握られたり、実千の笑顔を見るとどきどきする。
月や星が逃げないように小声でおしゃべりをして顔を近付ける実千は、時折悪戯をするように俺の耳元でこそっとしゃべる。
それがとても心臓に悪くて、でもそれを言うのが恥ずかしくて、されるがままになってしまう。
「実千はお盆はどこか行くの?」
「行かない。親は田舎のおじいちゃんとおばあちゃんのところに行くけど、俺は高校上がってからは留守番してる」
「そっか」
少しほっとしてる。
実千が帰省する場合、その間は会えなくなるのが寂しいと思っていたから。
「星治さんは? どこか行くの?」
「行かないよ。いつも自宅で過ごしてる」
「じゃあ一緒に星が見られるね」
柔らかく囁く実千。
今日も満月だ。
空を見上げて立ち上がる。
「もうちょっと近くで見よう」
「星治さん? わ…」
「スーツじゃないし」
実千に握られている手を握り返して滑り台まで引っ張っていくと、実千が噴き出す。
「スーツで滑り台も素敵だよ」
素敵という言葉からは程遠い俺を、実千はよく褒める。
照れくさいし、聞き慣れない言葉は耳に違和感を覚えてしまうけれど、下心のない賛辞は心を和らげる。
実千が先に滑り台に登り、俺も後に続く。
さっきより少し月が近くなった。
あと、高い位置にいるから周りの物が気にならない。
「…ねえ、星治さん」
「なに?」
「大人の人って、どういうとこでデートするの?」
「……え?」
デート?
「いや、俺…まだ高校生だからあれだけど、好きな人に振り向いてもらいたくて…デートに誘いたいんだけど、ちょっと大人っぽいこと、してみたくて」
「あ、そう…」
そうか…好きな人がいるのか。
なんで傷付いているんだ、俺。
実千の顔を見る。
真っ赤だ。
大人っぽいデートがしたいのか…。
「……別に大人だからどうこうってこと、ないよ」
「じゃあ、星治さんだったらどこに行く? 好きな人に振り向いてもらいたかったら」
「……」
なんだかイライラする。
正直に答えるのも嫌で、ちょっと考える。
「…やっぱり高校生には行けないようなところが多いかな」
「そっか、そうだよね…」
「ちょっと高いレストランで食事をしたり、バーに行ったり…。あと、できたらなにか思い出に残るものを贈りたい」
「プレゼント? たとえばなに?」
「……酒が好きな人なら、酒とか」
俺、最悪だ。
実千には無理なことばかり言っている。
まるで邪魔したいみたいに。
高めのレストランはなんとかなっても、酒は実千には絶対無理だ。
「そっか、お酒かぁ…。星治さんもお酒好き?」
「……」
なにも答えられない。
口を開いたらまた嫌なことを言ってしまいそうで、自分が怖い。
「……ごめん、帰る」
「え、星治さん?」
繋いでいた手を解いて梯子に足をかける。
公園を出ようとしたら実千が追いかけてきた。
「星治さん、どうしたの?」
「どうもしない。実千もあまり遅くまで出歩くなよ」
顔を見られない。
自分が嫌で、誰かを好きな実千が嫌だ。
「……やっぱり俺、星治さんから見たら子ども?」
「実千…?」
実千が俺の手を取るので逃げようとしたら抱き締められた。
背の高い実千は俺を包んでしまう。
実千の優しいにおいがして、胸が苦しい。
このにおいを知る誰かがいるんだと思ったら、やっぱり嫌な言葉が出てきてしまいそうだった。
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