こいのおと

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学校に行くのも憂鬱だったりする。 でも千歳に会いたくないからって行かないというわけにはいかない。 一歩一歩が重たい。 「おはよ、歩澄」 「…おはよう、千歳」 教室には今年度で同じクラスになった千歳がいた。 なにも変わらない笑顔。 俺達の関係は綺麗に“友達”になっていて、もうそれに馴染んだ千歳は俺に宿題でわからなかったところを聞く。 表情が引き攣らないように気を付けながらノートを見せると、千歳がそれを覗き込む。 距離が変わっていないようで、やっぱり変わっている。 その証拠に千歳は俺の手とぶつかった自分の手をすぐに引っ込めた。 友達ってなんだろう。 別れの原因さえ教えてもらえなくて、いきなり友達に戻らされた。 問い詰めたらよかったんだろうか。 泣き喚けばよかったんだろうか。 流れ星を探して願い事をしたなら、好きだと伝え合うふたりに戻れるだろうか。 それなら俺はこれから毎夜、空を見上げる。 いつまでもいつまでも、初恋が戻ってくるまで。 ………俺はまた過去を見ている。 ◇◆◇ 高嶺が買ってきてくれるケーキは、俺達が小さい頃から駅前にあるケーキ屋さんのもの。 スマホで高嶺のトーク画面を開く。 『ケーキ、一緒に買いに行きたい』 送信。 「……」 前に進みたい。 でも忘れたくない。 俺しか知らない千歳を、俺が忘れてしまったら消えてしまう。 それが在った事、確かに愛してもらえていたという事実を失くしたくない。 スマホが小さく震える。 『じゃあ一緒に行こう』 少しは安心させる事ができるかな。 忘れたくないけど、いつまでも初恋を掴み続ける自分も悲しい。 このまま静かに静かに力が抜けて行って、立ち上がれなくなってそのままになってしまうかもしれない。 高嶺に迷惑をかけっぱなしなのも苦しい。 「…高嶺…」 本当は高嶺には俺じゃない誰かを好きになって幸せになってもらいたい。 こんな俺じゃ、いつまで経っても寄りかかるばかりだからよくない。 でも俺の中に、高嶺まで離れて行ってしまうのは…と思う気持ちもあって、すごく自分が嫌だ。 俺が千歳に縛られているように、高嶺を縛り付けている自覚はある。 それでもその鎖を外してあげる事ができない狡さに、きっと高嶺は気付いているのに微笑みが消えない。 甘え続けて寄りかかり続けて、俺はなにをしているんだろう。 「歩澄」 放課後、教室に高嶺が来た。 「一緒に帰ろう? それでケーキ屋さん寄って行こうよ」 「うん」 ご機嫌だ。 通学バッグを持って高嶺と教室を後にする。 「♪」 鼻歌歌ってる…。 「どうしたの?」 「ん?」 「機嫌いいね」 「うん。歩澄が一緒にケーキを買いに行きたいって思ってくれた事がすごく嬉しいんだ」 こんなに喜んでくれるんだ…よかった。 電車に揺られて自宅最寄り駅で降り、駅からすぐのところにある小さなケーキ屋さんに入った。 「なにが食べたい?」 「…う、んと」 「ゆっくり考えていいよ」 「うん…」 可愛いケーキが並んでいて、でも選ぶってなるとなんだか呼吸が詰まってくる。 どうしよう…。 焦りで息苦しさを感じ始めると、ぎゅっと手を握られた。 「焦らなくても大丈夫だよ。歩澄のペースでいいんだ」 俺のペース…。 息苦しさがすっと消えて呼吸が楽になる。 同時に石を呑み込んだような感覚。 お腹の中になにかが溜まっているような違和感がある。 「…高嶺はアップルパイが好きだよね」 「うん」 「俺、高嶺のアップルパイ買うから、俺のケーキは高嶺が選んでくれると嬉しい」 高嶺の優しさになにも返せない自分が苦しくて、だからってアップルパイで済ませようというわけではないけれど、それでもなにかを返さないとお腹の中が石でいっぱいになってしまいそうだった。 自分が満足するだけなんだけど、それでも高嶺になにかを返せるならそれがしたい。 「わかった。じゃあ俺が選ぶね」 そう言ってすごく真剣にショーケースのケーキを見る高嶺。 きっといつもこうやって悩んで選んでくれているんだ。 俺は店員さんにアップルパイをひとつお願いして、先に会計をする。 「決めた。フルーツタルトでもいい? フルーツが綺麗でおいしそう」 「うん。高嶺が選んでくれたなら」 「……っ」 俺の答えになぜか高嶺が言葉を詰まらせ、切なげに眉を寄せる。 「高嶺?」 「…あ、うん。じゃあフルーツタルトにする」 はっとしたように笑顔に戻る高嶺。 会計を済ませてふたりで店を出るけれど、なんだか不安になる。 高嶺のあんな悲しそうな表情、初めて見た。 理由を聞いていいのかわからなくて少し俯いて歩く。
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