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「紅茶淹れてくるから待ってて」
「うん」
高嶺の部屋で、言われた通りに待つ。
ひとりで座っているととても寂しい。
柔らかな手触りのラグを撫でながら高嶺の言葉を思い出す。
『歩澄が傷付いてるから優しくしてるんじゃない。俺を見て欲しいから優しくしてる』
心を覗かれたのかと思った。
どうして俺の考えていた事がわかったんだろう。
でも、高嶺の優しさの理由を知ってほっとしている部分もある。
無条件に優しくしてくれているんじゃないと知って安心した。
ちゃんと自分を持っていてくれてよかった…。
「……俺は、千歳を諦められるかな」
「え?」
「あ…」
呟きの後に驚きの声が聞こえて顔を上げる。
カップがふたつ並んだトレーを持った高嶺が俺を見ている。
「歩澄の付き合ってた人って、谷嶋先輩なの…?」
そういえば言ってなかったかもしれない。
頷くと高嶺がトレーをテーブルに静かに置いて俺の手を握る。
「…相手の人、女子だって勝手に思ってた」
「……言ってなくてごめん…」
「それならやっぱり俺は歩澄を諦められない」
「……うん」
「俺、たとえ振られても歩澄を諦めないから」
「……」
強い視線。
俺は握られた手の力を抜いて、温もりを素直に感じた。
◇◆◇
日が経つにつれて高嶺の言葉が心に大きく膨らんでいく。
優しさは高嶺自身のため。
高嶺が求めるのは俺。
……俺が求めるのは…?
なにかに応えるってすごく難しい。
間違えたくないと思うから慎重になる。
また失う事も怖いし、傷付ける事も怖い。
なんだか空中をずっと漂っているみたいだ。
どこにたどり着いたらいいかわからない。
ふわふわ浮いて、ふわふわと沈んでまた浮かんで。
こんな状態でいたらそのうち本当に自分を見失ってしまいそう。
「歩澄、大丈夫?」
「え?」
「なにか心配な事あるの?」
高嶺が俺の顔を覗き込む。
あの告白から高嶺はちょっと距離が近くてびっくりする事がある。
同時に心臓がとくんとくん早く脈打つ。
……千歳の時みたいだ。
「ううん。平気」
「そう? じゃあ、あーん」
「…もう自分で食べられるよ」
「知ってる。歩澄がちょっとずつ元気になってきてくれて嬉しい。だからあーんして」
「……」
ゆっくり口を開ける。
今日はイチゴのショートケーキ。
甘酸っぱいのは…千歳の『好き』。
それと、高嶺の優しさ。
「……高嶺、手握ってもいい?」
「いいよ」
こちらに手を伸ばしてくれる高嶺。
その手を恐る恐る握ると、とても温かい。
知っているようで知らなかった高嶺の温もり。
触れていたのに、俺がわかっていなかった。
「…俺、千歳を忘れたくない」
「うん」
「でも、もう立ち止まりたくもない」
高嶺の手を両手で包む。
「歩澄…」
「高嶺が俺の手を引いてくれたらいいなって思う」
「……いいの?」
「自分で歩き出す勇気がなくてごめん。でも、高嶺と進んでみたい」
「うん…」
「ずっとそばにいてくれてありがとう」
「これからもずっと歩澄のそばにいるよ」
ほろほろと高嶺の頬を涙が伝っていく。
慌てる俺に泣きながら笑いかける高嶺は、今までで一番嬉しそうだ。
「泣かないで、高嶺…」
「なに言ってるの」
高嶺が俺の頬に触れる。
「歩澄だって泣いてる」
お互いの涙を拭って深呼吸する。
そっと手を握って、ぎゅっと握られて、もう一度深呼吸。
どちらからというわけでもなく抱き締め合うと、また涙が零れた。
とくんとくんとくんとくん…ふたつの恋の音が重なった。
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