早食いと遅食い

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早食いと遅食い

昼休みの学食。 いつものように友人達と同時に食べ始めるのに。 「由希(ゆき)、先戻ってる」 「うん」 友人達が食べ終わってもまだほとんど食べ始め状態の俺。 「ほんと食うの遅いなー」 「昼休み終わるまでに戻って来いよ」 「大丈夫」 もくもくもくもく。 食べるのに集中する。 周りもどんどん座る生徒が入れ替わっていく。 どんなに急いで食べても全然進まない。 とにかく俺は食べるのが遅い。 なんとかならないのかな、これ。 空いていた向かいの席にひとりの男子生徒が座った。 有名な鈴山(すずやま)だ。 なんで有名かって、すごくかっこいいから。 休み時間にはいつも女子から告白の呼び出しを受けているらしいと噂で聞いた事があるけど本当かな。 なんて、そんな事を考えてる場合じゃない。 早く食べないと。 「!!」 鈴山、食べるのめっちゃ早いな。 あっと言う間に食べ終えた鈴山を見ながら俺も食べるけれどやっぱり遅い。 それでも必死に急いで食べていたら向かいの鈴山がすっごい俺を見てる。 「すごく大切にご飯食べるんだね」 「え」 「きちんと味わってていいね」 そんな事、初めて言われた。 いつも『早く食べろ』、『遅い』ばかりだからびっくり。 「鈴山は食べるのすごく早いね」 俺が言うと鈴山は少し恥ずかしそうにする。 「うん。親からももっとゆっくり食べろって言われるんだけど。早く食べようと思って早くしてるわけじゃないんだ。ほんとはちゃんと味わって食べたいんだけど、つい…」 「そうなんだ…」 俺、鈴山と話してる。 学校の王子様と、なんだか仲良さげに話してるってすごい。 周りの視線もすごい。 「えっと…」 「?」 「名前、聞いてもいい?」 「あ、うん。坂本(さかもと)」 同じクラスになった事がないので、鈴山が俺を知らないのは当然だ。 俺が鈴山を知ってるのは有名だから…って言うか、学校内で鈴山を知らない人はいない。 「坂本はご飯大切に食べられて羨ましいな」 「!!」 王子様が俺に『羨ましい』と発言した。 平凡で全てが平均点な俺が鈴山を羨む事は多々あっても、まさか逆があるとは…。 いや、これ、鈴山の性格が優しいからこういう会話になるだけであって、他の人だったら俺をばかにする要素だろうな。 「…俺は遅食い、直したいんだ」 「直さなくていいよ!」 「えっ!?」 鈴山が急に大きい声を出すのでびっくりしてしまう。 「せっかくゆっくり食べられるんだから、きちんと味わって食べたほうが絶対いい」 「…そう、かな」 「うん」 遅食いを認めてくれた人って初めてだ。 「ごめんね、食べる邪魔して」 「ううん。大丈夫」 また俺が食べ始めると、鈴山は席を立つかと思いきや、座ったまま俺をじっと見ている。 なんだろう、と視線をそちらに向けると目が合って微笑まれた。 男同士なのにどきっとしてしまう。 「あんまり見られると恥ずかしいんだけど…」 「あ、ごめん。でもちょっとだけ見ていたいから…だめ?」 「…いいけど」 俺が食べるところを鈴山はただ静かに見ている。 なんだか変な感じだけど、俺も黙々と食べる。 他の動作は遅くないと思うんだけど、食べるのだけは本当に遅い。 俺が食べ終わると鈴山はショーでも終わったかのように、ほぅっと溜め息を吐いた。 「ほんとにしっかり味わって食べてて羨ましいな。俺も真似しよう」 「真似…」 二度目の『羨ましい』に『真似しよう』と。 逆じゃないのか。 逆だよな。 「じゃあ俺も鈴山の真似する」 「しなくていい。早食いなんてよくないよ」 「でも早く食べられるのってかっこいいから」 「そんな事ない。坂本はゆっくり食べる事の良さをわかってないだけだよ」 ゆっくりって言うかゆっくり過ぎると思うんだけど。 それにそれを言うなら鈴山も早く食べられる事の良さをわかっていないだけじゃないのか。 俺にはすごくかっこよく見えるんだけどな。 「とにかく、坂本はずっとそのままでいる事!」 「……うん」 よくわからないけど鈴山は俺の返事にすごく満足そうに微笑んだ。 結局昼休み残り少しというところまで俺に付き合わせてしまって悪かったな、と思いながら途中まで鈴山と一緒に廊下を歩く。 すっごい見られるな…特に女子から。 鈴山は視線慣れしてるのか、特に気にした様子じゃないけど、俺はちょっと落ち着かない。 「またね」 「うん」 教室の前で別れたら視線は感じなくなった。 かっこいい人って大変だな、と思いながら席に着く。 またね、は、あの優しい言葉がまた聞けるという事だろうか。
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