早食いと遅食い

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「由希、大丈夫か…?」 「うん…」 「それもう遅食いってレベル超えてるぞ」 「うん…」 箸が進まない。 全然食べられない。 食べようとも思えない。 箸で抓んでは落として溜め息を繰り返す。 もはや食べてもいない。 鈴山は今はいない。 女子に呼び出されてるから。 『ごめん、なんか呼ばれちゃって…すぐ済むと思うから先に食べてて』 すぐってどのくらいで終わるの。 俺の事好きなんじゃないの。 なんで呼び出し断らないの。 別に俺、鈴山の恋人じゃないのに色々考えてる。 もやもやする。 すると余計に食べる気がなくなる。 「ごちそうさま…」 「いや、由希一口も食べてないから」 「午後持たないからちゃんと食え」 「もうお腹いっぱい」 はぁ…。 また溜め息が出てしまった。 どうしよう。 「あ、鈴山! こっち!」 「!!」 「席取っといてくれたんだ、ありがとう……あれ」 鈴山が俺を見て首を傾げる。 「坂本、具合悪いの?」 「ううん」 「じゃあ坂本も来たばっか?」 「…ううん」 そりゃ疑問にも思うだろう。 いくら食べるのが遅いとは言っても今日は全く食べていないんだから。 「それが由希、もういらないって言ってんの」 「えっ!? なんで? やっぱ具合悪いの?」 「悪くない」 「さっさと食わないと、昼休み中に食い終われないのにな」 だって食べられないんだからしょうがないじゃん。 もやもやが胸や腹に溜まって、ご飯どころじゃない。 「そういや、呼び出しどうだった?」 友人が切り出すので俺も鈴山の顔を見る。 鈴山は困った顔をする。 「それが泣かれちゃって、思ったより時間がかかったんだ」 「モテるって大変だな…」 「聞いてるだけだと羨ましいんだけど、当事者は大変そう」 「……」 泣かれたから、その子が泣き止むまでそばにいたんだろうか。 あ、またもやもやが増えた。 鈴山も食べ始めるけど相変わらずの早食い。 俺はもう箸を置いた。 「坂本、食べられない?」 「……」 「由希、さっきからずっとこの調子なんだよ」 「ゆーき、ちゃんと食え」 「もう無理」 「だから『もう』って一口も食ってないから」 全部鈴山のせいだ、と睨みつけると鈴山はそれを受け止めて真剣な顔になる。 「…ふたりは先に戻ってていいよ。俺が坂本に付き合う」 「いい?」 「じゃあ頼むわ」 「うん。任せて」 鈴山とふたりになりたくなくて、俺も席を立とうとするけれど視線で止められたので仕方なく座り直す。 周りにはたくさん生徒がいるけれど、鈴山しか見えない。 きっと鈴山の目にも俺しか見えてない。 でもさっきまで別の女子がその目に映っていた。 そう考えるだけで胸が張り裂けそうになる。 「…もう俺に構わないで」 「坂本?」 「鈴山の顔、見たくない」 なんでこんな事言ってるんだろう。 もやもやがイライラに姿を変え始める。 「鈴山、やだ」 視線を手元に落とす。 俺はどうしたいんだろう。 鈴山になんて言って欲しいんだろう。 どうして欲しいんだろう。 ただ俺だけに優しくして欲しい? だったらそうしてもらえる言動をしなければだめなのに、今、俺がしているのは鈴山を傷付ける事だ。 「そう…」 「……」 冷めた声。 そんな声聞きたくないのに。 俺が聞きたいのは鈴山の優しくて温かい声なのに。 イライラが邪魔して素直になれない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加