泥被り姫

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「え?もう?」「はい」『近頃の子は、小食なのか?』 そう思った明弘は「幾つ?」と聞く。 「17歳です」「そうか」俺が、この頃は、バケツで食いたい程だったが 今年、入った部下も、こんな感じだった、これも、時代の流れかと思う。 「引っ越してくるの、君だけ?」「はい」「ご家族は?」 「誰も居ません、母も、死んじゃったから」「えっ?いつ?」 「三週間前です」「ええっ」この子が、まるで心の無い、人形の様なのは 生々しい悲しみの傷が、ぽっかりと口を開けているからだ。 そう思うと、何とか、この子の力になってやりたいと思う。 「折角、お隣さんになるんだから、困った事が出来たら 何でも言ってね」そう言うと「有難うございます」 そう言った月緒は、ぽろぽろと涙を零した。 「ど、どうした?」明弘は、慌てて、顔を覗き込む。 「大人が、みんな優しくて、、、」月緒は、声を詰まらせて言う。 そして、母が死んで、何も手に付かず、どうすれば良いか困っていたら 母の知人の弁護士だと言う人が来て、転校や引っ越しなどの、全ての事を あっという間に、してくれたのだと言う。 「転校?なぜ?」「学校の中でも、外でも、皆の目が一杯で 家にも、記者やカメラマンが来るので、、」「え?」 「母の死が、特別だったから、、」そう聞いた明弘は 三週間前に、神宮町で起こった、通り魔事件で 女性が殺された事件を思い出した。 確か、あの被害者の苗字も藤坂だったと、記憶している。 その被害者の息子という事で、皆の好奇の目に晒されていたのか。 「もう、事件も終わったし、ここまでは、記者やカメラマンも 来ないと思うけど、、」 「分かった、もし、そんな奴が来たら、俺が追い返してやる」 「ほんと?」「ああ、任せろ、こう見えても力は強いんだ」 明弘は、腕をまくって力こぶを見せる。 月緒は、初めて、笑顔を見せた。 この笑顔、どこかで見たような記憶が、、 だが、それは誰で、どこで見たのか、思い出す事は出来なかった。 月緒は、乾いた服を着て「有難うございました」と、お礼を言って 帰ろうとする「送って行くよ」と、明弘が言うと 「何で?」と言う顔をする「家の前に、変な奴が居たら、ぶっ飛ばす為さ」 そう言うと、ぱっと明るい顔になり「お願いします」と言った。 その顔を見て、よっぽど嫌な思いをして来たんだと、可哀そうになる。 車で、送ってやりながら「明日は、俺も休みなんだ、荷物の整理、手伝うよ」 と、言うと「有難うございます」と、また、嬉しそうな顔をする。 幸い、家の前には、誰も居なかった。 「じゃ、また明日な」そう言って、手を上げた明弘に、月緒は、頭を下げ 車が、見えなくなるまで、手を振って見送った。 「な~んか、歳の離れた弟が、出来たような気分だな~」 明弘は、そう呟くと、お気に入りのメロディーを口ずさむ。
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