奪われたもの

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奪われたもの

彼女は手を強く握り返してきた。単に手を握られているだけなのにドキドキと鼓動が速くなる。彼女はニコッと微笑み、落ち着いた声で話し出した。 「手がとても冷たくて、あなたのポケットを借りてしまいました」 「は、はあ…」 他人のポケットを借りるとは大胆不敵だ。 ムニムニ。なぜか手を揉まれて続けている。 ムニムニ。特別料金を払った覚えはないが、手揉みの車内サービスを始めたのだろうか。 ムニムニ。彼女の暖かい手が俺の手を包み込んでいる。 「大きな手ですね。私、手の大きな人が好きなんです」 「それは…」 彼女は確信犯でないのか。理由は不明だが、間違いなく俺に惚れている。脳裏には小さなガッツ石松が浮かんだ。ひと足早く春が来た。 「手の大きな人って包容力がありそうですよね」 「包容力?」 「私、遠くから見ていたんです。あの人が良いなあって」 「えっ!?」 彼女はじっとこちらを見つめていた。何てことだ。今までこんな美人を見逃していたなんて。俺の目は完全な節穴だった。 「毎日気になっていたんです」 「俺のことが?」 「はい」 「それはどうして!?」 「えーっと…」
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