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「田中くん、そろそろ私がいなくても大丈夫よね?」
隣を歩く彼女の言葉に、僕は驚いて立ち止まってしまう。
二、三歩そのまま進んでから彼女も足を止めて、こちらへ振り返る。その顔には、いつも通りの優しい微笑みが浮かんでいた。
「そんな大袈裟な反応……。もしかして誤解させたかな? お店を辞めるって意味じゃなくて、ただ明日お休みってだけよ」
彼女はバイト先の先輩で、実年齢は一つしか違わないけれど、とても「お姉さん」感の強い女性だ。高校卒業後ずっと同じ店で働いているそうで、僕みたいにバイトを始めたばかりの大学生から見れば、眩しいほどに立派な社会人だった。
面倒見の良い性格のため、店に新人が入るたびに世話係を引き受けてきたらしく、僕にも付きっきりで色々と教えてくれていた。
店の中だけではない。僕の帰り道は途中で駅前を通るルートであり、彼女はその駅から電車に乗って帰るので、駅までの徒歩数分も彼女と一緒。もちろんその間は仕事の指導ではなく雑談タイムであり、プライベートな話を交わす時間だった。
「『明日お休み』って……。ああ、そういうことですか」
思わず聞き返そうとしたところで、僕は理解する。
ちょうど彼女のバックに、駅前広場の喧騒が見えたからだ。
先月までは殺風景な広場だったのに、今では真ん中にクリスマスツリーが設置されて、赤い人形や星型の飾り、イルミネーションの電球などで華やかに彩られていた。
「そういえば、明日はクリスマスですからね。デートなのでしょう?」
「うん、まあね」
彼女は明るい声で肯定しながら、照れ笑いのような、はにかんだような笑みを浮かべる。今までとは全く違う、初めて見る種類の笑顔だった。
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