選ぶ兎

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選ぶ兎

この世界の国は大きく7つの国に分かれていてそれぞれ動物の氏を持ち、王の他に動物の名を冠する分家は王を支えるものとされている、王家は必ず呪術が使え、中央都市の結界を守り、地方に発生する穢土(えど)の浄化と穢土から出て来る物の怪退治も担うことから皇と言う人の呪力はその国の強さとされる、7つの国の中でも一番強い力を持つのが(りゅう)家という幻獣を司る辰巳兎(しんみう)国の皇だ、それも今代の皇は歴代最強と言われる呪力を誇っているが、呪力に対して体が弱く肉弾戦と言うものは弱い、だがそれを覆すほどの呪力操作と呪術の数々で彼に勝てる王は居ないと言う、力自慢の虎空(こあ)国の(いん)家の皇でさえ親善試合で両手を上げて笑って降参と身を引くほどだった。 そんな辰巳兎には皇家の他に動物の名前を冠する家系が二つある世界で唯一王家以外で穢土を浄化する力を持つ巫女を生み出せる()家と慎ましく質素で弱弱しいが為に龍家に守られている()家の二家だ、卯家は動物の名前を冠するには相応しく無いほど一般的な家だ、なぜ離縁しないのかと言われるほどその存在は王家を支えるどころか守られてばかりの頼りない家系、かろうじて小さな慎ましい村を領土として持って、可もなく不可もなくな管理をしているが本当に毒にも薬にもならない腰巾着家系、それが卯家の印象、一つ目立つとすればその見た目か、白銀の髪で青い目で生まれて来る儚い美しい見た目の一族、弱さゆえのその美しさだけは評価されている。 そんな辰巳兎には3人の皇子がいる皇后の息子が2人、第3皇子の母親はあの卯家から召し上げられた娘で早くに亡くなった弱い妃だった。そんな3人から東宮を決める日、 普通東宮は長男に与えられる物だが、選ぶのは自分ではないと言った王は長男に東宮の称号を与えなかった。そして今日、王は一人の薄弱なあまり歓迎されない鱗の痣を顔に持つ娘を横に立たせて言った。 「2か月後に皇后になる卯家本家の娘に選ばれ王に相応しい者が王となる」 東宮選定の発表宴会は、まさかの王の発言により祝いの席から苦言の席へ 「なぜ卯家なのです!しかもその娘と!」 皇后が忌々しそうに続ける 「卯家の中でも特に力弱く醜い娘、せめて三つの年に攫われたと言う次女ならば帝都まで届く美貌の噂と卯家に珍しい私に匹敵する呪力の娘、その子が見つかったとなって選ばせるのなら納得しようもございますが、その娘に皇子を選ぶなんて権利が本当におありだと?もう耄碌(もうろく)されましたか陛下」 ここまで強く出れるのも皇后の生家が巳家であり皇帝と同じく歴代最高の巫女と言われ、穢土を浄化することができるから、だが気が強く気分屋な皇后に変わり体の弱い皇帝が何度穢土を浄化しに行ってその度側室として召し上げた卯家の娘の癒しの力で癒されたことか、それは皇后のあずかり知らぬことだ、そして息子が呪術を使えるようになってからは皇帝であるという事もあり、前線に出るわけにはいかず皇子達が穢土の浄化に走っている、一番成績の良いのは長男で、それも皇后が皇帝に大きな態度がとれる原因でもある。 「耄碌な、そろそろこのままならぬ体を休めたいのは本当だ、だがこれは皇命だ、卯家の娘に選ばれなければ皇とは認めない、娘が皇を決めた時、余が耄碌したかどうかわかるだろう」 「ですが!」「くどい!!」 皇后は口をつぐむ 「卯・美鄭(う・みちょん)は今日から私の離宮で暮らす、丁重にもてなすように、余は疲れたから部屋に戻らせてもらう、行くぞ美鄭(みちょん)」 「はい、陛下」 美鄭の声は消え入りそうな小さな鈴のような声で返事をしてかろうじて音を拾った人たちは顔に見合わぬ綺麗な声に眉根を寄せた。 これに納得いかないのは巳家の巫女を恋人に持つ長子の炎陣(えんじん)とその娘の巳家の奥方だ、自分の娘が皇后なると思っていたのに、何もかも劣っているあんな娘に奪われるなんてと騒いでいるが巳家の当主で宰相の男だけが、「まぁそうなるな、運が悪かったなぁ」などとのんびりと笑っている。 苦々しい顔をして集まった臣下達が話し出す 「また卯家か、皇帝は卯家がお気に入りらしい」 「見た目はいいが、か弱い卯家に皇帝の妃など務まらぬと優蘭妃で学ばれなかったのか」 「優蘭妃はまだいい、皇帝の花としては芙蓉のような美しさがあったが、あれにはなぁ」 「陛下の考えは推し量れませんなぁ」 「陛下は力の犠牲に体が弱くいらっしゃる、同じ弱い者がお好きなのだろう」 「完璧な皇后麗明(れいみん)様と完璧な息子の炎陣様に引け目を感じておられるのでしょうなぁ」 「それはあり得るな!息子が自分よりも素晴らしすぎて今のお妃候補の璃華(りふぁ)様と言う完璧な今代の巫女が嫁いでくれば肩身も狭いのでしょう」 「巳家が完璧すぎるのでしょう、麗明皇后陛下」 その臣下の言葉に麗明は少しいい気がする 「当り前でしょう、腰巾着の卯家と巳家など比べることもできませんわ!炎陣も炎彩(えんさ)も優秀なわらわの息子、二人とも全てを持った子供ですもの、あの帝都まで噂が届く醜い地味姫になんて勿体ない!そうでしょ炎陣」 皇后に話しかけられて隣の炎陣は不服そうに言う 「私には素晴らしい璃華が居ると言うのにあんな娘を皇后にしろなど最悪の冒涜です、璃華の方が皇后に相応しいというのに、父に代わって謝るよ、璃華」 炎陣は端正な皇帝の似ているが少しきつい顔を申し訳なさそうにゆがませ言えば璃華はにっこりと笑う 「私は炎陣様のおそばにいれるなら、側室でも構いませんわ」 「璃華、君ほど心まで美しい人はいないだろう、本当に君は完璧だ」 「炎陣様のお側にいるためですもの」 微笑み合う二人を見て別の臣下が言う 「こんな美しい二人の仲に水を差すとは皇帝陛下も人が悪い」 「璃華様の美しさに嫉妬してあの地味姫が悪さをしないといいのですが」 「璃華様、我らは璃華様の味方ですぞ」 「ありがとうございます」 まるですでに炎陣が選ばれると決まっているように話す臣下達に炎彩が笑う 「兄上は才能も美貌もお持ちですから、卯家の娘も見惚れてしまうでしょう、私に勝ち目はありませんかねぇ」 くすくす楽しそうに笑う 「いやいや、炎彩様の麗明様そっくりな美貌も炎陣様には負けませんぞ!」 「卯家の娘は選べず泣いてしまうかもしれませんなぁ!」 わっはっはと笑う臣下達に麗明が言う 「炎彩も見た目はいいですが貴方はゆっくり本を読む方が好きでしょう、炎陣には皇帝になることに必要な事を全てを叩きこんでおりますし、呪力も結界を支えるのは炎陣の方がいいでしょう、穢土を浄化するのも炎陣の方が早くできますしね」 麗明の言葉にまた会場が沸く 「そうですな!炎陣様はすべて持っておられますから!」 「炎陣様ほど相応しい人も居ないでしょう!」 麗明にゴマをするように笑う臣下達、炎彩も微笑み皇后を見る そんな気持ちの悪い場でただ一人話題に上がらない皇子は席を立つ 炎富(えんふう)皇子、側室の子、彼に注目する者はいない、今皇子が席を立ったというのにまるでそれが見えないように臣下達は立つこともせず一生懸命麗明を褒めそやしている。 卯家と言う弱い後ろ盾では誰も相手になどしない、小さな穢土や面倒な地域の穢土の浄化は基本的に押し付けられ一番穢土を浄化しているのにそれも評価されない、穢土を浄化しても王族なら当たり前のことで、浄化しに来た者が炎富だと知れば残念そうな顔をする村の人達、それを不敬だと言って罰する力もない、ただ、目立たず騒がず、他人にも自分にも厳しく好かれない皇子で居ること、それが命を狙われないための行動、皇帝の寵愛を得ていた母は、皇后と皇太后のイジメで首を吊った。 それを見つけたのは炎富と乳母だった。今でも思い出せる悲惨な現場、それなのにずるい母は自分は逃げたのに強く生きて欲しいと手紙を残していた。 それを届けた父はあの日から愛する者を失くしてしまえばその子供には興味がないのか自分の元を訪れることも目を合わせてくれることも無くなった。おかげで皇后に命を狙われないがまるで炎富など居ないように動くようになった臣下達、使用人も最低限の世話しかしない、けど炎富は母の最期の言葉を守るため、毎日蔵書室に通い、そこのお爺さん官吏に文字を教えてもらいながら、武官達の訓練場の林で見よう見まねで訓練した。 呪力操作も文書を頼りにお爺さん官吏に見てもらいながら訓練した。おかげで学も武術も皇子に相応しい力を持っている、呪力も穢土を浄化できる程度には強いし、多くの穢土を浄化しているから本当は炎陣よりも早く浄化できるがそれがバレないようにしている、毒殺なんぞされたら困るからだ。 目立たないように生活している今も気まぐれに毒が混ぜられ、常に解毒薬を常備する生活なのだから、炎富は父の隣に並んでいた美鄭を思い返す 「なぜ父はか弱い動物を蛇の巣に投げ込むのか」 母、優蘭の泣き顔を重ねて炎富は月を見た。 一方宴会場と言えばもう麗明の太鼓持ち大会、疲れたのでと言って炎陣は璃華と共に宴会場を出て行く、炎彩も本が読みたいと出て行った。 炎陣は自分の宮である椿宮に向かいながら付いてくる璃華の手を取る 「璃華、本当に父が酷いことをしたね」 「お気になさらないで、私は炎陣様の御そばに居る事ができるのならどんな不名誉も受け入れますわ」 「本当に君は完璧な人間だね愛しているよ」 「私もお慕いしておりますわ」 微笑む璃華を愛しく思い炎陣は抱き寄せ、その幸せを噛み締める。 炎陣は皇帝になるために幼い頃から厳しい修行や勉学を必死にこなしてきた。 だからこそ天才で鍛えあげられた美しい体に父親譲りの勇ましさと母親のような美貌を持ち合わせ、父の次に呪力も強い、誰がどう見ても炎陣以外に皇帝は居ないと言われてきた。 当り前だ、自分は特別なのだからと炎陣自身も思っている。 だからこそ周りのどの女も炎陣を切望する。側室でいいからとすり寄る者もいるが炎陣は誰も召し上げようとはしない、自分に似合う完璧な女でなければ隣に並ばれる事さえ嫌悪する、璃華のような完璧な女性、そんな女性でなければ自分の隣に並ぶことは似合わないから 愛しい完璧な璃華を抱きしめながら空に浮かぶ月を見て炎陣は美鄭を思い出して顔をしかめる。あんな女、俺には相応しくないのに そしてそれを見ている影一つ、それは炎彩、第二皇子。 どんなことも兄の次、いつも2番の第二皇子だが、腐ることもなく、勤勉で本が好きでゆったりした性格で物腰が柔らかく優しい皇子、兄や母の短気をなだめ、罰を受ける使用人を助けてやる優しい皇子。麗明に瓜二つだがきつい顔はしていなくて優しい柔らかな顔をしていて人気がある、日がな一日本を読んで楽しむのを好む皇子には皆甘えてしまう、 求められれば手を掴んでくれる皇子に男女の違いはない放蕩息子、穢土の浄化はしっかりするが遊ぶこともしっかりして帰る、勉学、武術もそつなくこなすので将来立派な宰相になるように麗明に教育されている。 炎彩も月を見る 「哀れな兎だ、蛇に食べられないように守ってあげないとね」 ふふと笑って炎彩は自分の宮の方に歩いて行った。
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