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正倉院展はそろそろ展示終了期間が迫っていた為か、思ったよりも混んでいた。
会場の外に行列ができているということはなかったけど、それに近いものはある。
やはり、先月のうちに来ておけばよかったとつくづく思う。なんでも後回しにしてよいことはない。
館内を順に回り、藤森さんとは途中途中で感想を述べながら、くまなく見て回った。折角来たのだから、一つでも見落とすことはしたくない。
最後のグッズ売り場で今回の展示品の目録冊子を購入し、ほくほく顔で抱えていると、そんな私を見て藤森さんが笑いをこらえているのが視界に入った。
「もう、何を笑ってるんですか?」
「いや…悪い。なんだか君の印象が最初と全く違うから」
印象??まあ、確かに尚哉の事で落ち込んでいる姿が見せたからかな?
それにしても藤森さんと会うのは二度目だけど、どうしてこんなに気楽に接することが出来るんだろう。醜態を見せてしまったから繕う必要がないと感じているのかな?不思議だ。
博物館を出るとお昼をとうに回っていたので、近くの駅前にあるスペイン料理の店へ行くことにした。
小学生の頃、近所にスペイン人の夫妻が引っ越してきて仲良くなり、大学の時はスペインへ一人旅に出掛けたほどスペイン好きな私としてはこの店のチョイスは最高に嬉しい。
オーナーはスペイン人らしくて、働いている人もスペイン人がいる。そうなると雰囲気はもうスペインだ。
「夏姫はスペイン料理でいいか?」
「スパニッシュ、大好きです。向こうで食べたトルティージャが忘れられなくて。それにクレマカタラーナも大好きなんですよね」
自分の目の前で手を組み、目を閉じて懐かしいなぁと思い出していると、また笑われた。
「もう、藤森さん。笑わないでください!」
「悪い、悪い。それで、夏姫はスペインに誰と行ったんだ?」
「大学の時に一人で行きました。知り合いの家に泊めてもらって、スペインに一ヵ月浸ってきましたよ」
「一人旅?すごいな。それなら言葉は問題なく?」
「現地の友人からは合格点をもらいました」
「他の言語は何ができる?」
「そうですね。英語とスペイン語は自信があります。中国語は日常会話程度で、ドイツ語とフランス語はまだ初級を抜けたあたりですね。藤森さんは?」
「私も同じようなものだ。英語とフランス語はできるな。スペイン語とドイツ語、中国語は日常会話程度だ」
リエースの御曹司はここまでなのかと感心した。さすがに海外まで事業を拡大し、現地に拠点もいくつも開設しているだけあって、外国語は必須なのだろう。
私も兄がいなかったら、ここまでやらなきゃいけなかったと思うと、少し気が楽になる。兄には悪いけど。
「流石ですね。教えてもらいたいです」
「夏姫はボイスレコーダーは持っているか?」
「ボイスレコーダーですか?持っているけど、そろそろ新しいのを買おうかと思っているんです」
「買うなら、リスニングの練習に使えるものもあるから、使い勝手のいいタイプを選ぶといい。なんなら、この後買いに行くか?」
藤森さんの「買いに行くか?」は「お金は出すぞ」と言われているようで、それは遠慮した。
一度調べて気に入ったものを買いますと伝えると納得したようだったので、後で調べて明日にでも買いに行こう。
食事を終え、店の人に「美味しかったです。また来ますね」と伝えると、「ありがとうございます。待ってます」と言われて、手を振ってくれた。
スペインでもこんな感じだったなぁ。
店を出ると会わせたい人がいると言われ車で移動した。どうやらこの間、紹介してくれた野元さんに会いに行くようだ。
都内のとあるビルに野元さんの事務所があるらしく、そこで待ち合わせらしい。
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