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花吐き病
花吐き病
片想いをこじらせて辛い思いをすると花を吐いてしまう病気。
吐かれた花に接触することで感染する。
悪化すると死に至る。
有効な治療法は未だ発見されていない。
両想いになることでのみ完治するとされ、その証として最後に不思議な白銀の百合を吐くらしい。
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「ゴホッ!グ…ゲホッ!!」
ハラリ、と色とりどりの花が口から漏れる。咳と一緒に舞い上がる。ミモザやベゴニア、パンジー、シロツメクサ、リナリア、ブルースター。目の前に落ちた花びらが涙で滲む。どうして、どうして私なの?ただ、好きなだけなのに……。
高校一年生の春、私は初めて恋をした。集中して授業を受けている姿、一生懸命部活に取り組む姿、友達とふざけて笑い合っている姿。挙げていったらきりが無い。そんな彼を、いつの間にか好きになっていた。
彼の目を引くために、ダイエット、メイク、ファッションを研究したり、積極的に話しかけたり、彼の好きなアーティストの音楽を聴いて共通の話題をつくったり、できることは何でもやった。こんなに努力をしたのは初めてかもしれない。
ただ、告白することはどうしてもできなかった。もちろん付き合いたいし、脈アリなのではないかと思いドキドキしたこともある。しかし、振られるのが怖い。今の友達という関係、彼と一緒に笑い合える幸せな時間を失いたくない。だから、告白することはできなかった。
そんな中、この病気が発症した。嘔吐中枢花被性疾患。通称、花吐き病だ。
「両想いにならないと完治しない。それ以外の治療法はない。」
そう、医者から告げられた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだ、いやだいやだいやだ。
まだ死にたくない。
彼と一緒にいたい。
今日も、いつもと同じ様に学校に向かう。彼と話している時間は幸せで、病気の事を忘れられるから。それに、もしかしたら、私を好きになってくれるかもしれないから。
「ごめん、教室に忘れ物したから先帰ってて〜。」
部活の友達と別れて足早に教室へと向かう。窓から沈みかけている夕日が見えた。静まりかえった廊下を通り、ドアの引手に手をかけようとして止まる。動かなかった、いや、動けなかった。誰も居ないと思っていた教室に、彼の姿があったから。それも、女子生徒と唇を重ねている彼の姿が。
頭を殴られたような衝撃が全身を貫いた。よろめいて、ドアに寄りかかるようにズルズルと座り込んだ。信じられなかった。信じたくなかった。震える手を口にあてて吐き気を抑える。
「ゴホッ……」
数滴の水と一輪の黄色いチューリップが、冷たい床にポトリと落ちた。
気が付いたときには駆け出していた。ガランとした静かな廊下に、足音と鼻をすする音が響く。顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら無我夢中で走る。一人になりたくて、彼の事を忘れたくて、必死に手足を動かす。転げ落ちるように階段を駆け下り、薄暗い物陰にしゃがみ込む。
「オ゙ェッ!ハッ…ゲホッ!オ゙エェ!!」
吐いた花が血の色に染まる。悲しくて、辛くて、切なくて涙が止まらない。そんな自分が滑稽で笑えてくる。
「この恋が叶わないことぐらい、わかってたのになぁ……」
そう、わかってた。だって、彼の事が好きで好きで、ずっと目で追っていたから。彼が私を友達としか見ていないことも、彼があの女子生徒に恋をしていることも。全部、わかっていた事だ。それでも、0.1%、0.01%、少しの可能性に賭けたかった。もしかしたら私を好きになってくれるかもしれない。そう、思いたかった。
「カハッ……」
花と一緒に血が飛び散る。重い体を支えられず花の上に横たわると、花びらがふわりと舞い甘い匂いがした。あぁ、私、死ぬのかな。目を閉じると、彼との思い出が蘇る。もう一度だけ、彼に会いたい。もう一度だけ、幸せな日々を過ごしたい。しかし、私を包み込むのは冷たい暗闇だけだ。
一筋の雫が頬を伝って花びらに落ちた。
花に囲まれた少女の手には、プリムラが握られていた。
【花言葉】
ミモザ 密かな愛、秘密の恋
ベゴニア 愛の告白、片思い
パンジー 私を思って
シロツメクサ 幸福、約束
リナリア この恋に気付いて
ブルースター 幸福な愛、信じ合う心
黄色いチューリップ 希望のない恋
プリムラ 青春の恋、青春の始まりと
悲しみ
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