ポケットの中の恋人

3/8
前へ
/8ページ
次へ
 温かいコーヒーを買ってベンチに座った。  どうしてこうなったのか。  ヒロくんはよく分からないという。  自分という存在が『そこ』にある感覚で、声を出したら私に届いたらしい。 「幻聴だと思ったわ」 「ごめん」 「怒ってるわけじゃないの。驚いただけ」 「レナは相変わらず、冷静だな」 「そうでもないよ。私だって泣いたり笑ったり」  コーヒーの蓋を開ける。  冬の寒空に、白い湯気が舞った。  温かな香りを口に運び、言葉を続ける。 「落ち込んでいたけど、今は嬉しいと思ってるわ」 「そっか」  ヒロくんの返事はそれだけだった。 「そう見えない?」  我ながら配慮の足りない言葉かな。 「大丈夫。レナが今どんな気持ちか、ぼくがどんな気持ちにさせたのか、よく分かってるつもりだよ」  そうなのだ。  私は幼少期からあまり感情を出すほうじゃなかったし『そういうものか』と受け容れるのも早かった。  氷の女王。とあだ名をつけられていた私に、彼はいつも寄り添ってくれていた。 「ヒロくんはいつも言葉足らずだったけど、私のこと想ってくれてるのは分かってたよ。ありがとう」  声だけの彼との会話なのに、心が通じあったことを実感する。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加