ポケットの中の恋人

4/8
前へ
/8ページ
次へ
 アパートに帰ると、コートをハンガーにかけた。 「苦しくない?」  なんとなくそう聞いてしまう。 「平気。レナは一人暮らしはじめたんだね?」 「うん。半年くらい前かな」 「……今ってさ」  何かをいいかけたヒロくんが口ごもる。 「誰とも付き合ってないよ。まだ一人」 「そっか」  顔は見えないけど、なんとなく。  ホッとした声のトーンだった。 「寒くない?」 「少し冷えるかな」 「ポケットにカイロ入れようか?」  右と左どっちだろう。と迷っていたら「冗談だよ」と返された。  はじめてヒロくんの冗談を聞いた。  コート、テーブルをはさんで私。  向かい合って食事をする。 「自炊してるんだね」 「もしかして見えてるの?」 「見えない。だけどレナがごはんを食べてるのは分かるよ」 「お腹空いたりしない?」 「そういうのはないんだ」  不思議なもので、付き合っていた時よりも自然な会話ができている。  面と向かっているのでもなく、電話とも違う。  距離感っていうのかな。何だか心地いい。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加